快晴。 湿気のない空気にストレートな日射し。
ふらっと「ブラジル料理レストラン EL's」が新しく国道16号を挟んで米軍基地のメイン・ゲートの目の前にオープンしたお店、「EL's BASE SIDE」へ。 メニューは福生Akasen店と同じくタコス。 ポーク・チキン・ビーフの「MIX」に、辛くない「MILD」、それと「no Cilantro」、で「To Go」。 トルティーアと薄いオレンジ色のオリジナル・ソース付き。 それと店内飲食はブッフェ形式でやはりポーク・チキン・ビーフの料理にビーフ・スープ。 ブラジル料理というよりはやっぱりアジアン・テイスト。 2人顔見知りの店員さんとママさん。 ちょっとだけ会話。 お客は基地からの方々が9割だった。 国道16号の乾いた空気と行き交う乗用車に大きなトラックに。
ラベル Voigtlander Ultra Wide Heliar 12/5.6 III E の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2025-12-05
2025-11-22
準備
近くの公園でクリスマス飾りの準備をしていた。 昨日だったか円錐状のツリーの枠が公園近くの倉庫で組み立てられているのを見て季節の移ろいを思っていたところ。 暗くなったらまた来ようと思い、陽が落ちてから行ってみると照明は点いていなかった。 もしかしてまだかもと思いつつ向かったのだけどやはり。 点灯は12月になってからか。
2025-11-21
乾く空気
大分では一昨日だったか港町で大火事。 湿度計が30%前後を指すようになってどれくらい経っただろう。 もう2週間? 3週間? 空気が澄んでいるというより湿気が無くて素通しという感じ。 そろそろ朝に、上半分が浮いているような月の姿が見られる頃だろうか。 明日が「小雪」? 寒くはなって来たけれど、雪が降るほどではないかな。 でも一昨日だったか、青森の酸ヶ湯では一晩で85cmだったか、ここ20年で最大の積雪と報道されていた。
2025-11-20
銭湯のあたり
今朝は寒かった。 だいぶ冬らしくなってきた気はするけれど、まだそこまでという感もある。 いちばん寒いのはやはり「大寒」の頃だろうか。 昨年の関東は雪らしい雪は降らなかった記憶。 今はまだケヤキの葉もそれほど落ちず、アメリカ楓の葉も黄色く紅葉していてまだ秋っぽい風景も残る。
昨日だったかに届いたメールに、睡蓮木が花を付けたと言う。 名の通り睡蓮のような花をつける日本っぽいこの木は南アフリカ原産。 気候的には日本の冬は厳しいだろうけど、昨今の暖かな冬の影響か。 本来の開花期は5-10月というから、むしろ今どきの日本の夏に耐えた方がスゴイ事なのかも。
昨日だったかに届いたメールに、睡蓮木が花を付けたと言う。 名の通り睡蓮のような花をつける日本っぽいこの木は南アフリカ原産。 気候的には日本の冬は厳しいだろうけど、昨今の暖かな冬の影響か。 本来の開花期は5-10月というから、むしろ今どきの日本の夏に耐えた方がスゴイ事なのかも。
2025-11-19
ランチのピークも過ぎ
お店の前は何度も通っていたタイ料理店。 つい最近は、い店の前に置かれた鉢植えを見ていたらマスターから「これ○○、インドによく生えてる木」(木の名前は失念)と話しかけられた。 いつか行ってみようと思っていたところ、今日は網膜剥離の術後の経過観察での通院と、炙甘草湯と八味地黄丸を購入するためクリニックへの通院とが重なってちょうどお昼にタイミングよく立ち寄ることができた。 八味地黄丸は十全大補湯からの変更で、加齢からくる腎経の疲労への対応とのこと。 ただ、あまり強くない胃がそれについて行けるかは今後の経過を見てとのことだった。 さてタイ料理店。 前から興味はありつつどうも足が向かず、GINZA5の地下の「タイ屋台料理 ティーヌン」に次いで2軒目で2回目。 パクチーはどうもドクダミの匂いを想起させるためか苦手で、折角のタイ料理だけど「パクチー抜きで」と注文。 料理は「タイの料理人が作る本格タイ料理」との触れ込み通りしっかりアジアンな風味で食が進んだ。 お昼の時間を少し過ぎ、来店していた客もパラパラと帰り始めてお店の空気は更にゆったりと。 ここは以前は「旅人食堂」という名前だったが今の名称は「アヨタヤ」と別のお店とのこと。 主にホール担当の日本人のママさんは、タイ人と思しき厨房のマスターと料理人と多くをタイ語でやり取りし、これがなんだか小気味良く心地よい。 会計を終えると「カップンカー」と合掌して送ってくれた。
2025-07-23
晴れ
晴れたらこのお店の外観を撮りに行こうと思っていて、久々の晴れ。 もう少し青空の色が深いとよかったのだけど、雨や曇り空の日に訪れる機会の多いこの街。 ようやく晴れた日に。 でも撮ったら、通りのお店の看板が灯り、このオレンジ色に当たるタングステン光のライトやらが空と程よく溶け込む夕刻の絵を撮りたくなった。 夏のうちに撮れるように計画してみようか。
2025-07-01
夏らしく
先月は記録史上最多の真夏日を記録したりと状況的には夏っぽかったのだけど、なんか風が違う、なんか日射しが違うという感あり。 思えば例年はまだ梅雨のさなか、気温やや低く雨がしとしと降っているような時期であり本来はいわゆる夏の風景らしさは顔を出さない頃なので、無理やり数字だけ夏の条件を当てはめたような気候のちぐはぐさが出ているのかも。
そうした気候のなか、昨日はアブラゼミの鳴き声を聞いた。 今日・明日くらいは「夏至」も末候の「半夏生」(はんげしょうず)となり、この先は「小暑」「大暑」と夏真っ盛りといった季節を迎えてゆく。 「半夏」は、テンナンショウやミズバショウの仲間なのか、花の下方がすぼまったような筒状のような細長い袋状となり、ヤマハンゲ(カラスビシャク)の説明には「ヘビが頭をもたげるような」とあまり見ない花の形をしている。 七十二候に名がある割に見たことは無く、この手の花では唯一テンナンショウは山で見かけたことがある程度で身近な感じはない。 似た名前で半夏生(ハンゲショウ)という花はあり、こちらは先月下旬頃から町の垣根などで見かけるようになった。 花はミズバショウを柔くした雰囲気で地面ではなく30cmほどの高さになる草。 花に見える部分の葉が半分ほど白くなるので半化粧を名の由来とする説がある。 ...同じような事を前にも書いたかも。
今日は夕方から関東甲信越各地では雷を伴う豪雨。 雷雨の襲来や日中の強い日射しはここ数年の傾向を踏襲するようにやや早めの訪れのように思いつつ、そうした陽光や風の感じは少し夏っぽく思えた。
そうした気候のなか、昨日はアブラゼミの鳴き声を聞いた。 今日・明日くらいは「夏至」も末候の「半夏生」(はんげしょうず)となり、この先は「小暑」「大暑」と夏真っ盛りといった季節を迎えてゆく。 「半夏」は、テンナンショウやミズバショウの仲間なのか、花の下方がすぼまったような筒状のような細長い袋状となり、ヤマハンゲ(カラスビシャク)の説明には「ヘビが頭をもたげるような」とあまり見ない花の形をしている。 七十二候に名がある割に見たことは無く、この手の花では唯一テンナンショウは山で見かけたことがある程度で身近な感じはない。 似た名前で半夏生(ハンゲショウ)という花はあり、こちらは先月下旬頃から町の垣根などで見かけるようになった。 花はミズバショウを柔くした雰囲気で地面ではなく30cmほどの高さになる草。 花に見える部分の葉が半分ほど白くなるので半化粧を名の由来とする説がある。 ...同じような事を前にも書いたかも。
今日は夕方から関東甲信越各地では雷を伴う豪雨。 雷雨の襲来や日中の強い日射しはここ数年の傾向を踏襲するようにやや早めの訪れのように思いつつ、そうした陽光や風の感じは少し夏っぽく思えた。
2025-02-07
薄日の散歩
よく行く路地。 昨日もここを通り、一昨日もその前日も来たっけ。 更地になったモールの建設予定地に、いよいよ変化の予感がし出してから気になって。 今日はお昼前にここへ来る事ができ、方角的に通りに陽が当たる期待とともに足を運ぶも割りと厚い雲に阻まれ始めて景色がどんより。 しばし待っていると一瞬だけ薄日が。 コントラストが低めのレンズだったので薄日と相まってだいぶやんわりした写り。
このレンズ、オリジナルはM-mount(VM-mount)なのでアダプターを介してLeica SL2-Sでも使用できる。 周辺の色被りや減光などクセはあるだろうとは思いつつ、SL2-Sだったらどんな風な色味とコントラストになるだろう? と興味あり。 Voigtlander Ultra-Wide Heliar 12mm F5.6 VM IIIは、とあるカメラ店の、恐らく最後の1本の在庫を逃してしまい、これも恐らく最後の1本の在庫だったE-mount版を入手。 VM-mount版、どんな写りだろうかとふとした機に想像が及ぶ。 E-mount版ではレンズ情報がカメラに伝えられて諸収差が修正されるため使い勝手が良い。 Ultra-Wide Heliar 12mm F5.6 VM II、Super-Wide Heliar 15mm F4.5 VM IIと、いずれも周辺の色被りや減光の補正が大変だったことを思うと、E-mount版での諸収差の自動補正はありがたい。 ...案外、Photoshopに程よくコントラストと色乗りの良い、想像の色味に近いプリセットがあったりして。
このレンズ、オリジナルはM-mount(VM-mount)なのでアダプターを介してLeica SL2-Sでも使用できる。 周辺の色被りや減光などクセはあるだろうとは思いつつ、SL2-Sだったらどんな風な色味とコントラストになるだろう? と興味あり。 Voigtlander Ultra-Wide Heliar 12mm F5.6 VM IIIは、とあるカメラ店の、恐らく最後の1本の在庫を逃してしまい、これも恐らく最後の1本の在庫だったE-mount版を入手。 VM-mount版、どんな写りだろうかとふとした機に想像が及ぶ。 E-mount版ではレンズ情報がカメラに伝えられて諸収差が修正されるため使い勝手が良い。 Ultra-Wide Heliar 12mm F5.6 VM II、Super-Wide Heliar 15mm F4.5 VM IIと、いずれも周辺の色被りや減光の補正が大変だったことを思うと、E-mount版での諸収差の自動補正はありがたい。 ...案外、Photoshopに程よくコントラストと色乗りの良い、想像の色味に近いプリセットがあったりして。
2025-01-16
改札
基地の街にある駅。 基地からはいちばん近く、以前から外国人の姿を時々見かける場所だった。 この辺りには米兵のための住宅が多数あったのだろう、基地に沿ったこの一帯には、いわゆる「アメリカン・ハウス」や「米軍住宅」と呼ばれる家が点在する。 戦後約80年、日本へ返還された後も修繕や改装しつつ日本人が住んできた。 この駅前にも何棟かのアメリカン・ハウスがあってパステル調の黄色い壁に改装され、駅前の風景のアクセントになっていた。 アメリカン・ハウスには、特に1960年代だろうか音楽や絵や書き物を生業や目指す人たちが好んで住んだ傾向があり、近年は一般的な住宅としてや、レストランや雑貨店として使われている。 駅前の黄色いハウスは一般住居で、昨年12月頃に取り壊されてしまった。 さすがに老朽化は否めないのだろう。 それに足して駅前開発的な何かが近寄ってきている感じもする。 映画「スローなブギにしてくれ」に出てくるこの駅前の風景の名残はいつまでか。 当時は乗降客も多く、改札は錆色の鉄柵で囲われた中に駅員さんが立つ昔ながらのもので、ホームから線路を渡ってコンクリート造で黒い細かなタイル張りの駅舎内にあった。 その後、橋上駅となり、17-18年ほど前までは列車が到着すると駅員さんが階段下へ来てキップを受け取っていた。 ICカード対応となってからは駅員さんのブースはシャッターが下りたまま。
2024-11-13
Brazilian Santa Claus ...?
晴れた! と思って商店街というか呑み屋街へ。 午前だから人通りは殆どなくて通り抜けるクルマと郵便配達の電動バイクが行き交うくらい。 開いていたのはネパール? の食材店兼レストランと、ブラジル料理の看板を掲げるフィルピン系の方の経営するメキシコ料理の美味しいブラジル料理店の2店。 前者は店先の足ふきマットをパタパタ。 後者は店内からオフ・ベース住まいと思われる若めの米兵さんご家族が4-5家族集まってのホーム・パーティ風の笑い声。 通りに面した鉄板のある調理場では忙しそうにタコスの7-8枚に取っ組んでいるお店の方。 ガラス越しに「あのサンタ撮っていい?」とジェスチャー、手をグーに親指を上げて「もちろんよ」的な。 少しずつ寒くなる北緯35度、暑いブラジル・フィリピン・メキシコで活躍するサンタの姿を想像しつつ。 おいしそうなタコスの香りが漂いつつ。
2024-09-26
April Flash
アメリカっぽい雑貨が所せましと並ぶ雑貨店。 "ROUTE 66"の道路標識の柄のステッカーやBetty Boopのワッペン、US Air Force関連のワッペン、DAD'S ROOT BEERのロゴの灰皿等々、貼るところも置くところも思いつかないのに何だか欲しくなる品の数々。 お店の前は米軍基地。 時々こうした空間に浸るのもいい感じ。
ちょうど今日は抜けの良い晴れ。 気分的にもちょうどぴったり。
夕方には雲が多くなって空の色がややグレーがかり、ナナメに建物の隙間から奥の建物を照らすコントラストが面白かった。 秋分を過ぎ、「雷鳴のおさまる頃」と言われる今頃は、秋らしい景色のほんの入口。 目立った紅葉もないけれど、色づいた木々が照らされ浮き立つ風景や、冷たい風に冬の気配を思うような街の景色だった。
ちょうど今日は抜けの良い晴れ。 気分的にもちょうどぴったり。
夕方には雲が多くなって空の色がややグレーがかり、ナナメに建物の隙間から奥の建物を照らすコントラストが面白かった。 秋分を過ぎ、「雷鳴のおさまる頃」と言われる今頃は、秋らしい景色のほんの入口。 目立った紅葉もないけれど、色づいた木々が照らされ浮き立つ風景や、冷たい風に冬の気配を思うような街の景色だった。
2024-07-06
Juke Box
ジューク・ボックスって”Juke Box”? ”Jukebox”? ...どちらでもいいか。
福生東口の、通称「赤線」と呼ばれる飲食店街で最も古いお店「Snack Yumi's」のジューク・ボックス。 代替わりを重ねて今の型番なのだそう。 今は軽量鉄骨らしき箱型の建物だが、20年ほど前まではこの界隈にはまだまだよく見られる木造にモルタル造で、店内は外国の匂いのするような内装だったらしい。
かつてマスターはこの界隈で建設関係の仕事に就いていて、横田基地を始めジョンソンや立川や厚木など近辺の基地には全て出入りしていたのだそう。 そして何年かの後に独立してお店を始めたのだという。 開店は1967年。 今年で57年。 今はマスターをご子息に任せ、代は替わっているものの最古参。 界隈では「福生ラーメン」を謳う中華料理店が55年? 東京最古のディスコと言われるDISCO EDDIE'Sが50年。 今は店内は日本人の姿がほとんどだが、どのお店も「911」以前は米兵で混雑していたらしい。 言われてみれば壁一面に貼られた1ドル紙幣のうち、比較的新しそうなものに書かれた名前は日本名が多い気がする。
カウンターに座ったまま、大マスターとママさんが持ってきてくれた20年前に取材されたという雑誌と1960・1970年代に福生で撮られたアメ車の写真集をめくりはじめ、ふた昔くらい前の人々や、クルマと街並みとに時の流れをあれこれ想像しつつすっかり見入ってしまった。
暫くして何番目かにやってきたお客さんのカラオケが始まった。 80年代の当時きらめく歌謡曲。 急速に「日本のスナック」の空気が充満してきて、壁びっしりの紙幣は500円札に見えてくるしで段々に息苦しさを覚えてきた。 ちょうど名物だというBLTサンドも食べ終えたところで、持って行った1ドル紙幣はポケットに突っ込み直して店を後にした。 またいつかゆっくり訪ねてみたいと思う。
そして、きょう店長さんが誕生日だというEDDIE'Sでしばし低音を浴びて駅に向かった。
今日から日没の時間が早くなり始めている。
福生東口の、通称「赤線」と呼ばれる飲食店街で最も古いお店「Snack Yumi's」のジューク・ボックス。 代替わりを重ねて今の型番なのだそう。 今は軽量鉄骨らしき箱型の建物だが、20年ほど前まではこの界隈にはまだまだよく見られる木造にモルタル造で、店内は外国の匂いのするような内装だったらしい。
かつてマスターはこの界隈で建設関係の仕事に就いていて、横田基地を始めジョンソンや立川や厚木など近辺の基地には全て出入りしていたのだそう。 そして何年かの後に独立してお店を始めたのだという。 開店は1967年。 今年で57年。 今はマスターをご子息に任せ、代は替わっているものの最古参。 界隈では「福生ラーメン」を謳う中華料理店が55年? 東京最古のディスコと言われるDISCO EDDIE'Sが50年。 今は店内は日本人の姿がほとんどだが、どのお店も「911」以前は米兵で混雑していたらしい。 言われてみれば壁一面に貼られた1ドル紙幣のうち、比較的新しそうなものに書かれた名前は日本名が多い気がする。
カウンターに座ったまま、大マスターとママさんが持ってきてくれた20年前に取材されたという雑誌と1960・1970年代に福生で撮られたアメ車の写真集をめくりはじめ、ふた昔くらい前の人々や、クルマと街並みとに時の流れをあれこれ想像しつつすっかり見入ってしまった。
暫くして何番目かにやってきたお客さんのカラオケが始まった。 80年代の当時きらめく歌謡曲。 急速に「日本のスナック」の空気が充満してきて、壁びっしりの紙幣は500円札に見えてくるしで段々に息苦しさを覚えてきた。 ちょうど名物だというBLTサンドも食べ終えたところで、持って行った1ドル紙幣はポケットに突っ込み直して店を後にした。 またいつかゆっくり訪ねてみたいと思う。
そして、きょう店長さんが誕生日だというEDDIE'Sでしばし低音を浴びて駅に向かった。
今日から日没の時間が早くなり始めている。
2024-07-03
晴れたので銭湯へ
銭湯へ、と言っても「ひとっ風呂浴びて..」とかではなく写真を撮りに。 ここのところ曇りや雨の日が多かったので、なかなか「夕方の銭湯」のイメージには合わず今日ようやく。 でも思いっきりの逆光だし、夕方で影の部分は思いのほか暗いしレンズはコントラスト低目だし彩度低目でとなんだか苦戦。 色味もいまひとつ落ち着かずあれこれ。 ガッツリ色味もコントラストも乗って、シャープで歪みの少ないf=12mmくらいの広角があるといいなぁと思いつつ。 常用するにはPanasonicの14-28mm F4-5.6 MACRO (S-R1428) は便利そうに見える。 広角端は14mmまでしかないし、もしかしたら同社の20-60mm程ではないにしても同様に「ふっ」と画ヂカラが低下する範囲がありそうな気もするし、でも軽いし、展示会でしか撮った事がないものの「14-28」という焦点距離は使いやすくレンズの描写も良い気がする。 今年発売された28-200mmもしかり、意外とこの「キット・レンズ」っぽい一群は頑張っている感がある。 ただ20-60mmでは撮っていて、いざガッツリな風景やポートレイトとなると単焦点には及ばないというか、「価格なり」感というか、画の甘いところが妙に際立って感じる事はある。 なので、そうした短所を知って使って行くとこの三兄弟、機動力が生きてくるのかも。 で、AFが早くなってグリスもランク・アップしてくれるともっと嬉しかったりする。
2024-06-23
銭湯へ
あと3ヶ月ほどで閉店。 晴れた夕方に撮りたいと思いつつ、行ける時には行こうと思って足を運ぶ。
撮っていると、力仕事の1日を終えてひと風呂浴びて来たって感じの4人の男性が出てきた。 それぞれに気さくに店主と挨拶を交わして出てくる。 そして、「建物もいい感じだけど、中もすごいですよ。ホント古くからの感じっていうか、貫禄っていうか」と。 んー、これは浴室やら更衣室やらも撮れば? っていう「時(とき)」からのメッセージか。 いまこの三月が最後の機会だもんなぁ。 「こんど店主にお願いしてみます」と言って4人と分かれた。
撮っていると、力仕事の1日を終えてひと風呂浴びて来たって感じの4人の男性が出てきた。 それぞれに気さくに店主と挨拶を交わして出てくる。 そして、「建物もいい感じだけど、中もすごいですよ。ホント古くからの感じっていうか、貫禄っていうか」と。 んー、これは浴室やら更衣室やらも撮れば? っていう「時(とき)」からのメッセージか。 いまこの三月が最後の機会だもんなぁ。 「こんど店主にお願いしてみます」と言って4人と分かれた。
2024-06-22
キンシオの絵
ちょい前から気になっていたキン・シオタニの絵。 この絵の前の絵もキン・シオタニの作だった。 キン・シオタニは、どうやらイラストレーター。 一昨年くらいまで、テレビ神奈川でキン・シオタニが「植物の名前の入った地名」や「ヒトの体の部分にちなんだ地名」などをテーマに街を訪れる番組があった。 そうした番組でなくとも普段から街散策の活動をしていて、時々どこかの街で「その街について」の講演をしたりもするらしい。 で、いつかこの街に来たときに描いた絵がこうして掲げられているのだろう。 この建物はかつての駅前開発の際に該当地区の商店主が集まって造ったものなのだそう。 見た感じそれなりに補助金も出たのだろうと想像する。 20年ほど前までは、いかにも地元っぽい雰囲気の店主が10店舗ほど? 20までは行かなかったくらいのそれぞれに小さな各店舗を構えていた。 残念ながら覚えているのは万年筆やボールペン等の文具とパイプ煙草を扱うお店の1店のみ。 キンシオの絵、まだストックがあるのだろうか。
2024-06-13
通り
急ぎ足での移動の途中での1コマ。 昨日のスーパーに刺激されて今日はまた違ったスーパーをと思って寄ってみた隣町。 レンズの選択が合っていない感あり。 これなら28mmとか、目いっぱい広くても20mmで良かったかも。 なんだか間延びしてしまった通りは、20年ほど前の夕方にたまたま通った時、このお店だけでなく、周辺のお店も含めてたくさんの買い物客が行き来して活気のある風景だった。 以後「いつか」と思いながら機会を持てず、撮れるようになったのはだいぶ街の様子が寂しくなってからだった。 隣にあった地域の信用金庫が400mほど駅寄りに移動してしまったり銀行が1軒閉店したりと、街の中心地が動いてしまったよう。 まぁそれでも今の様子をまた近く撮っておこうか。 駅前の古い10階建てくらいの都営アパートも取り壊しが始まると言うし。 風景全体的に。
2024-02-05
看板が付き
看板が付いた。 一昨日、2月3日の夜にオープン予定だったDisco Eddie's。 3日の昼過ぎに、「まだ保健所の営業許可が下りてねぇんだ。きょう開けらんねぇんだよ」とEddieさん。 FacebookもInstagramも更新されていないが準備は着々と進み、さてオープンとなった日にはDJはいるのだろうか? スタッフは? 等々気になる処も多いが、看板が付いたらお店らしく落ち着いた空気に。 この街や近隣・近県のちょいワルBOYS・GIRLSのために(?) 再びのDisco Eddie's。
2024-01-25
あれ、休み?
午前中にDisco Eddie'sの様子が気になってクルマで通りに向かった。 Matt Kebabがあった建物は、リリー・フランキー作と言われる壁画の描かれた処で、共に鉄骨が組まれてグレーのシートで覆われていた。 Matt Kebabのあった建物の取り壊しが始まったのは昨年4月。 内装を壊したものの、その隣と上階の飲み屋はその後しばらく営業をしていて、この1月になって最後の1店、タイ料理とカラオケの店 Chaophaya (チャオプラヤ) が閉店して間もなくの取り壊しの今。 ここと、隣のもう1棟が壊されると、駅に最も近い交差点と、次の交差点までの約400mの道路の拡張が出来るようになる。 「次の交差点」は、左右方向の道路は既に片方は拡張済み、もう片方は新たに道路が作り始められていて、何年、何十年かかったのか道路整備が本格的に風景を成して行きそう。 交差点は、「先」へ進むと国道16号。
さて夕方、日暮れの時間に間に合いそうなので再びEddie's付近へ。 目標地点はEddie'sの近くにあるMusic Cafe UZUと、Eddie'sの2ポイントで、絵的に期待していたのはUZU。 駅近くの駐車場を目指して路地へ入ると、Music Cafe UZUに西日が当たって良い感じに見えたので、急いで駐車して辿り着いたら既にその光はなくなっていた。 もともと想定していた絵柄は、日暮れ頃にタングステン色の照明やネオンが点ったお店の外観だったのだけど、どうやら今日は休みのようで店内も店頭も電球1つ点いていない。 で、店頭に貼られたスケジュールを見つけて覗き込むと「ACOUSTIC NIGHT 19:30open」と。 もしや少し時間を置いたら早めに店頭の照明くらいは点いているかもと期待して、往復1km弱、夕闇に建物を覆うシートも道路も空の明度もコントラストなく同化しそうなEddie'sの辺りを歩いて撮ってまた戻る。 それでもまだ17:00。 店内にも人の気配はなく、「あと2時間は待てないし..」と辺りに目をやると、薄く紫やピンクに暮れてゆく東の空にはいかにも絵になりそうな満月が昇っている。 撮りたいけれど、月がやたら小さくしか写らない超広角しか持って来なかったなぁ等々。 今日は全体的には200枚ほど撮っていて、色々な場面を撮れた感はあるのだけど、一方でどことなく噛み合わない空振り感の歯痒い気分。
さて夕方、日暮れの時間に間に合いそうなので再びEddie's付近へ。 目標地点はEddie'sの近くにあるMusic Cafe UZUと、Eddie'sの2ポイントで、絵的に期待していたのはUZU。 駅近くの駐車場を目指して路地へ入ると、Music Cafe UZUに西日が当たって良い感じに見えたので、急いで駐車して辿り着いたら既にその光はなくなっていた。 もともと想定していた絵柄は、日暮れ頃にタングステン色の照明やネオンが点ったお店の外観だったのだけど、どうやら今日は休みのようで店内も店頭も電球1つ点いていない。 で、店頭に貼られたスケジュールを見つけて覗き込むと「ACOUSTIC NIGHT 19:30open」と。 もしや少し時間を置いたら早めに店頭の照明くらいは点いているかもと期待して、往復1km弱、夕闇に建物を覆うシートも道路も空の明度もコントラストなく同化しそうなEddie'sの辺りを歩いて撮ってまた戻る。 それでもまだ17:00。 店内にも人の気配はなく、「あと2時間は待てないし..」と辺りに目をやると、薄く紫やピンクに暮れてゆく東の空にはいかにも絵になりそうな満月が昇っている。 撮りたいけれど、月がやたら小さくしか写らない超広角しか持って来なかったなぁ等々。 今日は全体的には200枚ほど撮っていて、色々な場面を撮れた感はあるのだけど、一方でどことなく噛み合わない空振り感の歯痒い気分。
2024-01-11
黎明小学校
カメラの点検清掃へ。 カメラ店の近くの小学校。 見るからに歴史の古そうな佇まいでビルの谷間に建っていて、小さな公園にその一部の建物が面していたりと、新しいものと伝統的なものが好きなこの街には違和感なく馴染んで見える。 確か数年前に存続の危機とニュースで見たような記憶もあるが、無くならないだろうなと思ったのと、もし老朽化のため建て替えるなんていう日が来たら、もしかしたらその時はあっけなく無くなってしまいそうにも思えた。 「創立110年」と何年か前に看板を見たように思ったが、1878年創立というから140年を超えている。 関東大震災と大戦で焼失と数度建て替えられての今で、現校舎は1952年に出来たというから70年ほどが経っている。 「東京都の歴史的建造物」に選定されているのだそう。
2023-12-02
ホテルのラウンジ
今年一杯で閉めてしまうのだという。 この街では代表格的なホテルで、かつて米軍が駐留していた頃にはG.H.Q.の指令本部が置かれていた位置にあると言われている。 基地が返還され、おそらくその後は国の保有地として原っぱのようになっていたのではないかと思う。 暫く、記憶では2002年頃までは1つだけ格納庫が残されていて、かつての基地の面影があった。 1994年にはこのホテルのある辺り一帯が開発され、ホテルは1994年にオープン。 その他にも公共サービスを行うビルやオフィス・ビルが建ち、ちょっとした都市的な街区に。
工事の間、夜にはたくさんのクレーンそれぞれに赤いランプが点り、一部は夜遅くまで稼働していたような記憶も。 当時は何かと忙しくて写真を撮れなかったが、駅の反対側から遠く望む多数のクレーンと赤い光はどこか不気味で、「都市開発」という語感からだいぶ遠く感じる風景には写欲をかき立てられるものがあった。 街が大きく変化していった1997-2007年頃は特に疲労困憊の時期でもあり、やはり写真を撮るのは案外難しかったのだろうと、しばしば自分に言い聞かせ。
工事の間、夜にはたくさんのクレーンそれぞれに赤いランプが点り、一部は夜遅くまで稼働していたような記憶も。 当時は何かと忙しくて写真を撮れなかったが、駅の反対側から遠く望む多数のクレーンと赤い光はどこか不気味で、「都市開発」という語感からだいぶ遠く感じる風景には写欲をかき立てられるものがあった。 街が大きく変化していった1997-2007年頃は特に疲労困憊の時期でもあり、やはり写真を撮るのは案外難しかったのだろうと、しばしば自分に言い聞かせ。
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