2023-09-30

福生散歩

   A fine rain had started to fall. While I was taking pictures of the streetscapes, a young American couple walked away. They looked on the way to go shopping, and they, too, were taking pictures of the city. They had just taken a picture of a wall and were about to leave. Then, I approached them and asked to take a pose to take a picture of the wall again. The Air Base is close by, so sometimes people who live in the base area come to this city. They had a friendly and soft atmosphere. He might be a soldier of U.S. Air Force. He looked like, but for a moment I couldn't believe he is a solider. I hope he doesn't needed to go to wars.

2023-09-29

カリヨン

   「中野サンプラザ」と、何度も耳にしてきた言葉。 その実体がそろそろ解体の噂。 わりと身近な人から「サンプラザ」に関するエピソードが1つ2つ。 「職場の先輩がここで結婚式挙げたんだよね。それがサンプラザでの挙式の第一号だったんだって」とか、「あの上でクラス会があったりしてね」とか。 わりと人間臭を感じやすい中野の街の、このサンプラザがある周辺は少しその「臭さ」から外れ、中野の街のそれほど大きくない規模の人懐こさからくる親しみか、「爆風スランプ」からくる親近感かはありつつも、若干の無機質感を感じていた「中野サンプラザ」。 それが身近だったエピソードを聞くと、厚かましくも、以前からこの街の歴史に自身の生活がシンクロしてきたかのような親近感が混じる。 もう1回くらい撮りにくる機会があるといいな。 休日の朝早くで晴れた日とか、人の少なそうな時に。 ...その条件の日って、太極拳の集団がいたりして。

2023-09-28

気が付けば日没

   なんだか空気の蒸した日だった。 外に出る機会のないまま日が暮れていた。 18:00前でこんなに暗いのかとあらためて。 今日は満月? 明日かな。 明日が「中秋の名月」だそう。

2023-09-27

ラジオ・センター

   ラジオ・センターの「R.C.」と書かれた看板が見当たらないような...。 秋葉原のガード下に、小さな電気部品を売るお店が集まった建物があって、そこは「ラジオ・センター」という名だった。 商店会の名のようなものだと思う。 このガード下には2つの商店会があって、電気部品を扱うための工具や、抵抗器・コンデンサー・トランス・基盤、ラジオ、ヘッドフォン・ステレオ、無線機などが売られていた。 混雑時には身動きが取りにくいほどだったが、ここ20年ほどは「電気街」はアニメやメイドのイメージと、実際にそうした客層に押されて電気部品を売るお店は減り、それぞれの店主の高齢化等々もあるのだろう、きょう久々に足を運ぶと、電気部品関連のお店は半分以下に。 営業していないスペースもちほら。 街のなかには外国人の姿も多く、古いファミコン・ソフトを売るお店をバックに記念写真を撮る人達も。
   以前の「自作」というとラジオやアンプを作ると言った感じで、指で摘まめる大きさの部品を「基板」という10cm四方程度の小さな板に開いた細かな穴に、部品から出ている針金のような線を通して並べ、ハンダで固定しつつ配線を行ったり、いわゆる「ハンダ付け」での組み立てだった。 近年は、そうした部品が既に実装された基板を買ってきて、基板にある「コネクタ」同士を、やはり既にコネクタが両端に付いた線で繋いで組み立てる。 この、実装された部品はとても指では摘まめないほどの小ささ。 電子回路に要求される細かさが変化して「自作」の指す意味合いも変化して、「秋葉原」の意味合いも変わってきたような感じがする。 でもずっと昔から「秋葉原」は、運河と船着き場があり流通の要衝だったり、青果市場の街だったり、「変化」と共にある街らしい。

2023-09-26

餃子屋さん

   半年前くらいに行ってみようと計画し、そのまま行けていない「ぎょうざ天国」という名の餃子(ほぼ)専門店。 店主やママさんにお訊きしてみないと分からないのだけど、もしやこのお店、ここに来た10数年前? の以前は、最近撮った突き当りに質屋のある路地で、その場所がかつて小さな飲み屋街だったのでは? と触れたのだけど、その飲み屋街の中にあったのでは? と、ごく最近思うようになった。 根拠はないのだけど、何となくお店の醸す空気感が結びつくというか。 面白い話が聞けるお店だろうか。 やっぱり気になる。

2023-09-25

やや秋

   日中も少しウロコ雲っぽい雲が出たのだけど、青く抜けきらない空に、ややウロコのベタっとした風なものだった。 まだまだ湿気が多そう。 夏は去った感はあるもののクルマの気温計は最高で29℃にまで。 また明日から30℃前後の日が1週間ほど続くらしい。 とりあえず暑さはひと段落したところで、今朝はクレマチスが花芽を付けているのを見つけた。 他、普通だと花弁が4枚のはずのクレマチスが、既に落下してしまった花弁もありそうだけど、9枚の花弁で咲かせているのを見つけた。 暑さがDNAにでも影響したのか、隣に植えられた6枚の花弁の種との合いの子か。 トケイソウも咲かないかな。

2023-09-24

ようやく涼しく

   朝夕はだいぶ涼しかった。 そして今日は秋の虫の声が聞こえた。 秋らしくイワシ雲が出ていたりという事はなかったけれど、空気はいつもよりも乾いて感じられた。 彼岸花はもうじき咲き終わり、シュウメイギクはまだ蕾のまま。 一応、それなりに季節が進んでゆく感あり。 ...ちょっと、ベタ光すぎたなぁ。

2023-09-23

倉庫街の一角

   倉庫街のトラック・ドライバーの休憩スペース。 18時、きょうは曇っていることもあってか暗さを思う。 「そういえば、この時間に地明かりで写真を撮れるのは9月16日頃までだったっけ」と思い出し、そこから1週間も過ぎた今日はだいぶ気温も低く感じ、秋の虫の音もほぼ聞こえてこない。 まだ暫くは25℃超えの夏日もあるみたいで、秋雨前線の声も聞こえてきてはいるものの、なんだかはっきりしない季節境。 「最近は春と秋がない」とよく聞く。 この秋も急速に冬に切り替わるのか。 その前に、10月中旬から11月中旬には紅葉も楽しめると期待はしつつ。 イチョウの鮮やかな黄色い紅葉、モミジの盛大な紅葉、案外「当たり年」って少ないモンだと思う。 街のなかに至っては、日没は早くなるし、紅葉するような木はあまり植わってないし、そうした季節感ってけっこう見当たらない。

2023-09-22

アポロ・マーク

   「このマークも今月25日までです」と店員さん。 前にも撮らせていただいた(2023年4月3日)のだけど、ちょうどその時にマークの前にクルマが停められていたのでナナメでしか撮れず、きょうは正面で撮ることができた。 あと数日で「アポロ・ステーション」の新しいマークに。 赤と黄色で貝のマークに「Shell」と書かれた「シェル」のマークは撮り損ねたなぁ。 シェルと言えば、昨日撮ったガソリン・スタンド跡は「シェル」だと思われる。
   出光とシェルの合併によって店舗やタンク・ローリーのマークは刷新されたのだけど、同じ「アポロ」のガソリン・スタンドで給油して、店舗によってガソリンの爆発力が異なって感じる。 以前のシェルのガソリンはややマイルド、出光のはパワフルな印象で、いまでも元シェル、元出光で各スタンドのガソリンの傾向は違って思えるのだけど、何店かで給油してみると、シェルだったか出光だったか? というより、スタンドを経営している会社ごとにガソリンの傾向が異なる印象。 精油や流通ルートまで全て刷新されたわけではないのかな。 シェル・出光ではなくても、大きな会社であれば精油設備を持っていたりしそうだし。 そう思うとスタンドの会社ごとにガソリンの傾向が違って感じるのはあり得るのかも。

2023-09-21

甲州街道

   もう少し行くと長野というあたりの山梨(山梨県北杜市武川町牧原)。 街道沿いの小さなガソリン・スタンドと旅館の名残。 次の時代はコンビニの名残をよく目にするようになるンだろうと思いながら。 今でもコンビニ跡に他の業種が営業しているのをよく見る一方、老舗の小さなレストランや酒蔵や地の土産物屋がわりと元気なのを目にする。 業態の先祖返りか。 街の中の「24時間営業」を少し意識して撮ってみようか。 そして意外と難しい「何でもない客観的な『普通』の街の風景」の写真。

2023-09-20

おぉ。

   これこれ。 白いヒガンバナ。 茎の先についた全ての蕾が開花したらまさにヒガンバナの形に。
   今朝は少しだけ気温が低く感じられた。 「彼岸まで」--- 今年の秋分の日、23日を過ぎると気温も30℃を切ってゆき、最低気温もぐっと下がって地域によっては1日の寒暖差が10℃に及ぶと注意を呼びかける声も耳にする。
   ここ数日はハクセキレイの鳴き声をよく聞く。 七十二候では9月13日-17日頃を「鶺鴒鳴」(セキレイ鳴く)というらしい。ほぼ年間を通して目にするなの鳥で日ごろ鳴き声を聞くのだけど、殊にここ数日は「いつも」と少し違った風なさえずりで、大きく鳴いている気がする。 次いで9月18日-22日頃を「玄鳥去」(ツバメ去る)というそう。 先だってのたくさんのツバメが飛び回っていた風景は、「またここに戻ってくるために、風景や空気の匂いをよく覚えておこう」と、長旅を前にした「荷造りの時」のように映った。
   ようやく秋に向かいつつあるようで、きょう少し気になったのが、今年、ヒグラシの鳴き声を聞いていないこと。 ヒグラシやツクツクホウシが絶滅危惧種になったりして。

2023-09-19

近そうで近づかない秋

   空の色を見ていると秋っぽさは感じるものの、湿気が強めで、雲も低い積雲が並んでイワシ雲の気配なし。 遠くでツクツクホウシ。
   そういえば今朝のニュースで、どこだったかソメイヨシノが開花したと言っていた。 そうした現象の原因は、台風や虫による食害で葉がなくなった時に起こりやすく、そのタイミングが暖かければ十分に開花の可能性があるらしい。 咲いた花芽は来春にまた咲くことはないようで、花の数はやや減るのだとか。 条件は異なるのだと思うけれど、真夏に暑すぎて伸びられなかったクレマチスが、やや気温が落ち始めた頃から再び新たな枝を伸ばし始めた。 花をつけるところまではゆかないだろうが、なぜかライラックは小さい木ながら7-8房ほど花をつけた。 思いがけずライラックの香る暑い秋らしくない秋。

2023-09-18

彼岸花の開花

   植えて5年目になると思う。 シロバナヒガンバナようやく1本だけ開花。 5年となると、もっと球根が大きくなって花をつける茎が5-6本ほどあっても良さそうなものだけど。 赤い彼岸花は、表面のツルッとした球根が増えてゆく。 この白い彼岸花はたしかユリと同じ形の球根だったと思う。 道端に見る一般的なシロバナヒガンバナとは違った種類のように思えてきた。 花も、クリーム色っぽい白... ではあるけれど、一色ではなくほんのり赤い線がある。 購入時のパッケージには「ヒガンバナ」とあったンだけどなぁ。 ヒガンバナって、花弁はクリンクリンと割と急なRがついていて雄しべは上に向き... や、こんなもんか、それらがまとまって花全体が天を仰ぐような花姿のはずなんだけど。 なんか違うなぁと思いつつ、ようやくの開花には軽く安堵と感動が。

2023-09-17

旅支度のころ

   セキレイの鳴き声がひときわ大きく聞こえた気がした。 セミの鳴き声なし、カラスも静か。 池の上と巣のある住宅街との間あたりにたくさんのツバメ。 今朝は早くからカメラを用意していて、期待していた星空は空振り。 雲がかかっていた。 それでも一瞬だけ、オリオンと金星のあたりの雲が切れて少しだけ撮れた。 F1.5のレンズ... は収差が激しくてF2に絞り、開放F3.5のズームにはソフト・フィルターを付けてみたものの星はほんの点にしか写らず。 街明かりがあって露光時間も伸ばせず。 空がもう少し暗ければなぁ。 それでも、小さい点ながらたくさんの星が写っていた。

2023-09-16

隙間

   長屋づくりのような飲み屋の集まった場所。 この隙間の先は別の長屋の通路へと繋がっている。 小さなお店が並ぶ古い商店街は、小さなお店の一部は主の国籍が変化しながら続いているように見える。 駅の北側のこの近辺を歩いていると、わりと以前から歩きながら携帯電話で会話する風景を目にしていて、そのしぐさや歩く姿勢などやや違和感はありながらも見た感じで日本人だろうと思っていると、すれ違うときには聞いたことの無いような言語が聞こえてくる。 この界隈には日本語学校もあって、肌の色のやや濃い、学生さんといった風の人達もよく見かける。 どこから来た人たちなのか、いつか話しかけてみようかな。 いまは閉店してしまったと思われるケバブ屋さんも、かつてほぼ一文無しで日本にやってきて、この街に住むようになった理由に「他民族でも住みやすい懐の深さ」といった事を挙げていたと思う。 もう40年くらい前の話。

2023-09-15

雲の写真を

   そろそろ開期を終えるので、再び「東京で見たすごい雲」という写真展へ。 写真家の瀬戸豊彦氏は在廊されていたものの、東の空に積乱雲が出たと言って、会場の屋上にある3F相当ほどの高さにある庭園へ。 会場の係の人からは「展示の近くにいてください」と言われているらしいのだけど、「雲が出てきちゃうとそうも行かないんだよな」と。 まぁ、そりゃそうだ。 何となく誘われるままにエレベーターで一緒に屋上庭園へ。 雷鳴のなか、西の空の雲模様を見ながら陽の当たりに見当をつけつつ東の空に湧き上がる雲と地上の景色の立体感やらを気にしながら、1枚撮るごとにルーペをデジタル・カメラの背面画面に当ててピントを見ながら。 シャッター音を聞く限りでは、低感度でだいぶ絞り込んだ設定のよう。 雲の湧き上がる間は「夢中」といった感じ。
   初めてお会いしてから約10年。 展示されていた写真に記載されていた撮影年月日と、同日に自分の撮った写真を、というか何をしていたのか月日を追ってみようかと思った次第。 数点の写真と注釈をスマート・フォンで写真に撮ってきた。

2023-09-14

通り

   昨日の通りの1ブロック西側の通り。 きょうはこの界隈の3ブロックをぐるぐると歩き。 先日のように葉っぱを全部食べられてしまった木々が多数、その合間からユリノキかスズカケと思われる葉の匂いと、それに混じって甘い花の香り。 花はどうやら葛で、濃い紫色の花が木々の間に少しずつ見える。 歩いた距離は3.5km程だったか、その距離の割にはずいぶんと汗。 「この夏82回目の真夏日」かな。 これって「猛暑日」を除いた回数なんだろうか。 別々なら「真夏日」+「猛暑日」で93-94回くらい? や、やっぱり併せてカウントして「82回」だろうなぁ。 かすかにツクツクホウシが鳴いていた。
   Photoshopでの現像時、きょうはプロファイルを「Summilux-M 28mm」にしてみたところ、「Summicron-M 28mm」に比べて樽型収差が更に収まったように見える。 周辺光量の補正はほぼ同じ程度。 このSummicron-M 28mm、諸収差が良好に補正されている2016年発売のものではなく2000年発売の"古いほう"なので、クセの大きなSummilux-Mのプロファイルのほうが何となく合うのかも。

2023-09-13

通り

   軽く「く」の字に曲がった通りを進み、真っ直ぐ奥まで見えたとき、その見通し感に空気の乾きを見た気がした。 遠くから、直接と建物の壁に跳ね返り聞こえてくるヘリコプターの羽音や遠く工具現場の金属音、走るクルマのタイヤの乾いた音、ぱっきりとした日差し、少し輪郭の柔らかくなったバスの側面の街路樹の影。 秋の風景ながら気温は33℃。 昨日が「今年80回目の真夏日」だったそう。 今日は81回目かな。

2023-09-12

ポニーハイツ

   道端に気になった古いアパートが。 横田基地近くの土地柄も手伝ってか、映画「スローなブギにしてくれ」の年代と街の匂いがしたような気がして立ち寄った。 まだ住人はいるよう。 隣の駐車場に入ってきたクルマから降りてきた60歳くらいの、軍人の匂いのしないアメリカ人と思しき男性2人。 不動産関連の仕事か、保険関連かといった風。 「ここ、安く売ってるって」と日本語で話しかけられた。 「ホント?」、「うん、そう」。
   その先のタイ料理屋のテラス席に体の大きな軍人さん男性3人、肩や腕が擦れ合う音がザリガニの関節のようにギシギシ聞こえてきそうな小さなテーブルで昼飯。 角を曲がると、カボチャのツルのように細かくびっしりクルクルと黒髪の見事なパーマの黒人女性の軍人さんら6人が中華料理店に歩を向け。 基地からは2km弱ほどか、近くまではクルマで来るのだろう、PXのフード・コートばかりでは飽きてしまうだろうし、基地周辺にはそれほどレストランは多くないし、かと言ってきょう歩いた駅の近くも繁華な風景でもなく、それでも駅の近くのほうが目新しいお店があるのだろう、わりと基地から離れた処にまで足を伸ばしているんだなと。

2023-09-11

ある写真展

   雲をメインに撮っている方の写真展へ。 今から10年ほど前に、写真の色の作り方を教えてくれたお師匠さんが、「いい色の写真集がある。その写真展が近くであるから観に行こう」と。 結局、お師匠さんは体調の良い日が合わずで一緒には行けなかったのだけど、その写真集もプリントも印象に深く、時々行われる展示を楽しみに観に行く。

2023-09-10

まるで冬

   よく晴れて空気もさらっとしていて時々吹く風がやや涼しく、ようやく夏を過ぎた実感を.. と思って空を見上げたところに何だか違和感。 道端に植えられた木々に一様に葉がない。 地面には落ち葉もなく、そう言えば紅葉していた記憶もない。 まるで冬のような景色。 管理をしていると思しき方にお訊きすると「ムシに食われて丸坊主です。それでムシは土の中に潜っちゃって」と言う。 そう言えば春頃にライト・アップしてたっけ。 それで蛾が寄ってき... ちょっと時間が経ちすぎてるか...。 そう言えば最近、毛虫を目にしたっけ、あれは... モンクロシャチホコっていう蛾の幼虫だって誰か言ってたナ。 この時期に葉にたくさんいたから違和感があったンだった。 そいつらか? サナギになって枝や幹に居たりしないのだろか?
   9月28日から10月2日頃を、七十二候では「蟄虫坏戸」(ちゅっちゅうこをはいす・むしかくれてとをふさぐ)と言うのだそう。 解説には「虫たちが土にもぐり入口の戸をふさぐ頃。冬ごもりの支度をする時期」とあった。 土中で過ごす虫って案外多いのかも。 でもカブトムシやクワガタの類いは卵の状態で土中で冬を越すンじゃなかったっけ? 蛾は地中でサナギ化するという事だろうか? あらためてそのあたりの生態を知らない事を思い。 そして、七十二候から3週ほど早く地中に潜ったということは、このあと早々に急速に寒い冬がやってくるという事か? と思い。

   参照: あいな里山公園「二十四節気七十二候とは」
   参照: 暮らし歳時記 「七十二候」

2023-09-09

記憶では

   この辺りは、かつて小さな飲み屋が軒を連ねていたあたりだと記憶している。 何度か写真を撮っていて、いずれそれらのフィルムをスキャンしてみようとは思っているのだけど、なかなか。 飲み屋街は、もう少し奥だったかなぁ。 20年ほど経っていて記憶が曖昧。 駅のロータリーを過ぎて、ロータリーに面した老舗洋菓子店を囲むようにY字路状になって奥へ路地が続く。 角に宝くじ売り場があって、その路地を挟み、駅を背に奥側に銀座アスターという中華料理店。 そこの路地を左に折れると50-60mほど行って右に折れて奥の大通りへ出る。 そのやや手前に飲み屋街があったような...。 だとすると今日の写真の位置からやはり50-60mほど奥がその飲み屋街ということになるか...。 飲み屋街はほんの40mほどの長さで、その進んだ先の出口側には小さいながら飲み屋街の名前を冠したゲートがあった。 そしてそこから40mほど先には古い木造の教会があった。 教会の周りは建物もまばらでポツン感。 写真を撮ると、ボケた背景には近代的な高島屋の建物が写ったりしてギャップも面白かった。 近所の喫茶店で聞いた話では、教会があった場所は、今は伊勢丹の地下駐車場の入口と市営の駐輪所の辺りなのだと。 そう言っても想像し難いのだけど、かつては青空と教会と高島屋のみだったそのあたりは、広い歩行者デッキがあって空はなく、駐輪所はその陰で半分以上が暗ったい。 駐車場入口あたりも伊勢丹の陰で暗い。入口と駐輪所の間もデッキの下で暗い。 この空の有無の差の印象があまりにも大きくて、古い記憶はあまりにぼんやりしているけど、この周辺を歩く度にそれを辿りたくなり。 教会の方面へ抜けるために、以前は自転車で何度も通った道なのに。 なるべく早く古いポジを探し出そう。

2023-09-08

季節が進む予感

   台風13号が関東に。 千葉と茨城には洪水警報が多々。
   最近は「台風一過」といった天気に遭遇する機会が少ないように思う。 低めの湿度に抜けのよい景色、風もなく静かな青空という特別な天気。 明日からまた猛暑だというから湿気もあるのだろう、それでも一歩、季節が進むような予感がする日暮れごろ。

2023-09-07

A THIRSTY WASP

   今日はだいぶ涼しく感じる。 明日は大雨だというのでその分も散歩しておこうと思いながらもさほど足を伸ばせず。 非常に微妙に日差しを感じるものの曇天で、被写体を見出すことなく通りかかった近所の蕎麦屋の店先で水を飲みに来たアシナガバチにピントを合わせ。
   "wasp"ってのは一般的にはスズメバチを指すらしく、アシナガバチは"paper wasp"と言うのだそう。 どうやら巣がペーパー・クラフトっぽいのが由来。 確かに、シャワー・ヘッドのように軒先などにぶら下がった巣は、スズメバチの土や木くずを固めた大きな玉状からするとペナペナの紙製に見えなくはない。
   一瞬、キイロスズメバチかと思うような大きなアシナガバチ。 しばらく水鉢の周囲の様子を伺いながら低く飛び回ったあとその縁に止まった。 身を乗り出して水面に顔をツッコミ、ゴクゴクゴクと飲んでいるように体が前後に揺れていた。 よっぽど喉が乾いていた風で、ひとしきり飲んだところでカメラの視線に気づいたのか、「ハッ」と顔を上げて瞬間に背後を確認して飛び去った。

2023-09-06

歩道の工事

   歩道に窪みを作っている? --- たぶん、競輪場行きのバス用のスペース。
   今日も暑い。 公園に行ってみたら彼岸花が咲いていた。 こんなに暑いのに植物的には秋を感じているっぽい。 そう言えば、4-5年前に植えた白い彼岸花は毎年葉っぱが数枚出てくるものの花を咲かせるまでにはかなり遠い感じ。 土が合わないのか、何だろう。 前に原っぱに行った時、敷地の端、一辺のわずか1mほどの幅だけが日本の旧来の土なのだという説明を聞いた。 たしかにこの時期、そこにはジュズが生えていて「昔の道端」を思わせる風景がある。 そこ以外では見ない植生。 土でそうも違うのかと驚いたのをよく覚えている。 園芸店には様々な土があるが、大抵は水はけがどうのとか、時々バラ用とか蘭用とか野菜用とかはあるけれど、それ以前に土の出身国が作用するのだろうか。 園芸店にあるのはまず日本国内の土なのだろうけど、敷地の造成には国外の土が使われる場合があり得るというのが、先のエピソードなのだろう。 外来種の植物が困るほどはびこるのは、そうした事情も関係しているのだろうか。 「和」じゃない土って、どっからくるのだろ?

2023-09-05

くじらロード商店街

   だんだんに商店街っぽさがなくなってゆく「くじらロード」。 リニューアルされるのはいつの事か。 Youtubeのコンテンツでトモコスガ氏が「いまどきのストリート・スナップで社会を表現するのは難しい」...だったかな、と言っていた。 人々の興味が内向きになっているから「表」の「通り」には「人」(の持つ興味やそこに根差す諸活動)が表せられないという旨の結びだったように思う。 まぁ、たしかに... 人がいない。 まァでもこれも街の姿かな。
   今日14時頃のクルマの温度計は38℃を指していた。 だいぶ秋っぽい日射しに見える日もあるのだけど、まだまだ暑い。

2023-09-04

ハンバーガー・ショップ

   小さなお店。 Root Beer置いてるハンバーガー・ショップ。 いい感じ。

2023-09-03

"ギョーザ"の看板

   餃子専門店というわけでもなさそうだったけど、あらためて餃子でなんぼのお店ってぽつぽつ目にするモンだなぁと思った次第。 ちょうど日が射してきたこともあり今日の1枚に。 計画したものの未だ行けていない「餃子天国」というお店。 少し前の街の様子を知っていそうなマスターとママさんなので、そう遠くなく行ってみようと思いつつの今。 もう1店は20年ほど前に話を聞いて、10年ほど前に場所が分かって行ってみようとおもいつつ未だ行けていない「丸山餃子会館」と。 両方とも非常に気になるお店。 他にも「餃子」をメインに据えたお店は2-3あるのだけど、そちらはごく近年になって目にするようになったもの。 古ければ良いという事ではないのだけど、古いから知っている街の話を聞けそうなのはちょっと楽しみ。

2023-09-02

木の陰

   朝はやや涼しめの風が吹きわりと爽やかな空気なので、そのつもりのまま日中に外へ出るとトンデモない目にあう。 1時間もしないうちにグッタリ。 真夏ほどではないけれど...。 真夏の疲れがじんわり出てくる頃なのか、午後にじんわり出てくる湿気にかなり疲労感を煽られる感がある。 朝はツクツクホウシが鳴いていたけれど、昼過ぎには全くセミの鳴き声がしていない。 例年のイメージとしては、アブラゼミ、ミンミンゼミ、近年はクマゼミ、ニイニイゼミ、夕方にヒグラシ、ツクツクホウシという順で聞こえてくるのだけど、今年は「ミンミンゼミが最初だった」との声を聞く。 ヒグラシはまだ聞いていないし、ツクツクホウシはまだ3回しか聞いていない。 明後日から暫くは雨だというし、台風が2つと「台風のタマゴ」が2つあるらしく、しばらくは南国のにわか雨のように雨や雷雨といった天気なのだろう。 こんど17日に「はらっぱ」での撮影があるので、その頃には晴れててくれるといいなぁ。

2023-09-01

写真雑誌

   アサヒカメラの最終号は2019年6月25日発売のものだったンだなぁ。 そこそこ経つのか。 学研「CAPA」や「月刊カメラマン」「アサヒカメラ」「日本カメラ」あたりが代表的なところでその他にも何誌かあったのだけど、代表的な中でも中核的な存在だった「アサヒカメラ」と「日本カメラ」の休刊... 実質的には廃刊は衝撃的だった。 と同時に「そうだよなぁ」と思ってしまうような世の中の流れではあった。 ウェブ・サイトには様々な情報があり、その後のコロナ禍で写真やカメラに関するYoutubeのコンテンツは急増し、雑誌では知り得なかった情報を目に耳に出来るようになった。 紙で見る面白さ、これはこれで意義あると思いつつ。 写真雑誌を買ってきてのお楽しみは、写真の他に、各カメラ/レンズ/フィルム・メーカーの広告や、東京・中野のフジヤカメラや銀座 レモン社の新品・中古カメラの細かな価格表に目を通してゆく過程、お馴染みの「にっしん」や「ピンホール」のロゴを目にするあたりにもあった。 それが写真雑誌に見出す「写真界隈」の見慣れた風景だった。 対して最近は、新たに発刊された ふげん社の「写真」という写真雑誌に見る世界もある。 新旧の写真家やカメラマンからの寄稿や、今どきの傾向の写真の掲載など、それらの内容は以前とはやや趣が異なり、これまた次元の違う雰囲気漂う「写真界隈」。 近年のほうが写真への視野は広いのかな。 色々撮れるようになっちゃったというか、広くならざるを得ない写真表現の守備範囲をこれ迄カバーする媒体が無かったのだろう。 とは言え写真は写真、様々な媒体を通して、奇をてらう類のものではない、終局的に行き着くだろう「記録」の瞬間の面白さをたくさん見てみたいもの。