2025-11-22
準備
近くの公園でクリスマス飾りの準備をしていた。 昨日だったか円錐状のツリーの枠が公園近くの倉庫で組み立てられているのを見て季節の移ろいを思っていたところ。 暗くなったらまた来ようと思い、陽が落ちてから行ってみると照明は点いていなかった。 もしかしてまだかもと思いつつ向かったのだけどやはり。 点灯は12月になってからか。
2025-11-21
乾く空気
大分では一昨日だったか港町で大火事。 湿度計が30%前後を指すようになってどれくらい経っただろう。 もう2週間? 3週間? 空気が澄んでいるというより湿気が無くて素通しという感じ。 そろそろ朝に、上半分が浮いているような月の姿が見られる頃だろうか。 明日が「小雪」? 寒くはなって来たけれど、雪が降るほどではないかな。 でも一昨日だったか、青森の酸ヶ湯では一晩で85cmだったか、ここ20年で最大の積雪と報道されていた。
2025-11-20
銭湯のあたり
今朝は寒かった。 だいぶ冬らしくなってきた気はするけれど、まだそこまでという感もある。 いちばん寒いのはやはり「大寒」の頃だろうか。 昨年の関東は雪らしい雪は降らなかった記憶。 今はまだケヤキの葉もそれほど落ちず、アメリカ楓の葉も黄色く紅葉していてまだ秋っぽい風景も残る。
昨日だったかに届いたメールに、睡蓮木が花を付けたと言う。 名の通り睡蓮のような花をつける日本っぽいこの木は南アフリカ原産。 気候的には日本の冬は厳しいだろうけど、昨今の暖かな冬の影響か。 本来の開花期は5-10月というから、むしろ今どきの日本の夏に耐えた方がスゴイ事なのかも。
昨日だったかに届いたメールに、睡蓮木が花を付けたと言う。 名の通り睡蓮のような花をつける日本っぽいこの木は南アフリカ原産。 気候的には日本の冬は厳しいだろうけど、昨今の暖かな冬の影響か。 本来の開花期は5-10月というから、むしろ今どきの日本の夏に耐えた方がスゴイ事なのかも。
2025-11-19
ランチのピークも過ぎ
お店の前は何度も通っていたタイ料理店。 つい最近は、い店の前に置かれた鉢植えを見ていたらマスターから「これ○○、インドによく生えてる木」(木の名前は失念)と話しかけられた。 いつか行ってみようと思っていたところ、今日は網膜剥離の術後の経過観察での通院と、炙甘草湯と八味地黄丸を購入するためクリニックへの通院とが重なってちょうどお昼にタイミングよく立ち寄ることができた。 八味地黄丸は十全大補湯からの変更で、加齢からくる腎経の疲労への対応とのこと。 ただ、あまり強くない胃がそれについて行けるかは今後の経過を見てとのことだった。 さてタイ料理店。 前から興味はありつつどうも足が向かず、GINZA5の地下の「タイ屋台料理 ティーヌン」に次いで2軒目で2回目。 パクチーはどうもドクダミの匂いを想起させるためか苦手で、折角のタイ料理だけど「パクチー抜きで」と注文。 料理は「タイの料理人が作る本格タイ料理」との触れ込み通りしっかりアジアンな風味で食が進んだ。 お昼の時間を少し過ぎ、来店していた客もパラパラと帰り始めてお店の空気は更にゆったりと。 ここは以前は「旅人食堂」という名前だったが今の名称は「アヨタヤ」と別のお店とのこと。 主にホール担当の日本人のママさんは、タイ人と思しき厨房のマスターと料理人と多くをタイ語でやり取りし、これがなんだか小気味良く心地よい。 会計を終えると「カップンカー」と合掌して送ってくれた。
2025-11-18
Cafe跡
ここ何だったっけ? その左隣って何だったっけ? と、何年振りかに足を運んだエリアでしばし記憶を手繰り寄せるために立ち止まった。 結局、後でネット検索をすることに。 ココはCafeだったらしい。 ...そうだったっけ? その記憶すら曖昧なのは、目にしてきたはずの馴染みの街並から自身がズーム・アウトされて行くような、取り残されて街が遠くどこかへ行ってしまいそうな何とも残念な心持ち。 Cafeの名前は「WLF」で、ウルフなどの愛称があったよう。 W.L.F.とは「We Love Fussa」の略なんだそう。 このスピーカーにはつい3年ほど前までサラン・ネットも付いていた。
Fussaと言えば、先達てYoutubeで大瀧詠一関連の動画を観た。 大瀧詠一はかつて福生(と言われているが実際は隣の瑞穂町?)に約40年も住んでいたのだという。 米軍基地近くの「米軍ハウス」を、自宅やスタジオとして使用していたとのことで、動画はその「聖地巡礼」。 動画の最後は大瀧詠一の墓参だった。 福生の米軍ハウスに住んでいたと言われているのは、他に忌野清志郎、村上龍、布袋寅泰、桑田佳祐、山田詠美も? 細野晴臣は狭山市? --- らしい。 「リリ壁」と言われたリリー・フランキー作と言われる壁画も建物の取り壊しと共に無くなってしまったし、年々そうした「福生感」は薄らいでいる。
Fussaと言えば、先達てYoutubeで大瀧詠一関連の動画を観た。 大瀧詠一はかつて福生(と言われているが実際は隣の瑞穂町?)に約40年も住んでいたのだという。 米軍基地近くの「米軍ハウス」を、自宅やスタジオとして使用していたとのことで、動画はその「聖地巡礼」。 動画の最後は大瀧詠一の墓参だった。 福生の米軍ハウスに住んでいたと言われているのは、他に忌野清志郎、村上龍、布袋寅泰、桑田佳祐、山田詠美も? 細野晴臣は狭山市? --- らしい。 「リリ壁」と言われたリリー・フランキー作と言われる壁画も建物の取り壊しと共に無くなってしまったし、年々そうした「福生感」は薄らいでいる。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-17
ケヤキの紅葉
日中20℃超え。 けっこう暖か。 つい最近まで緑色をしていたと思った駅前の通りのケヤキは、今日はすっかり茶色くなっていた。 葉が散って丸坊主になるまでは、もう1週間もないかも。
先月13日で閉館してしまった清里の写真美術館「K*MoPA」がfacebookに何枚かの写真を上げていた。 エントランス、裏庭、音楽堂へ続く通路と、黄色と一部は赤く色付いた紅葉の風景で、新たな事務所への一時移転の過程にふと足を止めて足跡を見つめるような数枚の写真、それは初めてK*MoPAの方々とお会いした頃のあれこれを思い出すものでもあった。
写真を撮るとき、日ごろの中にも「物事には必ず始めと終わりがある」と思うことがしばしばある。 そう思いながらもK*MoPAはいつまでもそこにあって、そこに行けば知った顔があって、自身をちょっと振り返ってみたりという場所で、感覚としては普遍的な存在だった。 30年間をそこで過ごしたスタッフの方々、いまどんな気持ちでいるだろうかと思いを馳せてみたり。 色々な始点と終点の交差している今のK*MoPA、「数年後」と言われる再開の時、初めてその場所を訪れる瞬間をどんな心持ちで迎えるだろうかと、具体的な情報は無くてまだまだ実感を持てないながらに想像を巡らせてみたり。
先月13日で閉館してしまった清里の写真美術館「K*MoPA」がfacebookに何枚かの写真を上げていた。 エントランス、裏庭、音楽堂へ続く通路と、黄色と一部は赤く色付いた紅葉の風景で、新たな事務所への一時移転の過程にふと足を止めて足跡を見つめるような数枚の写真、それは初めてK*MoPAの方々とお会いした頃のあれこれを思い出すものでもあった。
写真を撮るとき、日ごろの中にも「物事には必ず始めと終わりがある」と思うことがしばしばある。 そう思いながらもK*MoPAはいつまでもそこにあって、そこに行けば知った顔があって、自身をちょっと振り返ってみたりという場所で、感覚としては普遍的な存在だった。 30年間をそこで過ごしたスタッフの方々、いまどんな気持ちでいるだろうかと思いを馳せてみたり。 色々な始点と終点の交差している今のK*MoPA、「数年後」と言われる再開の時、初めてその場所を訪れる瞬間をどんな心持ちで迎えるだろうかと、具体的な情報は無くてまだまだ実感を持てないながらに想像を巡らせてみたり。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-16
夕方の空
今日も18℃くらいまで暖かくなったっぽい。 朝夕もそれほど風は冷たくなく、そもそも無風に近くて穏やか。 日中から夜にかけてクルマが多いのは、近くの大きな公園の紅葉やそのライト・アップを見に来ているのだろう。 例年12月になると土日には短時間だが花火が打ち上げられたりと、また紅葉と同じくらいかそれ以上に人がやってくる。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-15
シュロ
以前は毎年12月頃になると葉っぱ1枚程度を残して刈り込まれてしまうシュロ。 最近は丸坊主になることはなく、冬でもふさふさ。 それにしても丸坊主からしっかり半年もすると葉が元通りくらいに復活。 剪定としてはこれで合っているのかは不明だけど、毎年葉が元に戻るのだからこれはこれで良いのだろう。 今のところそれほど寒くない冬の入口の風景。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-14
曇りガラス越しの陽光
夕方まで晴天。 外に出る機会は見いだせず、建物内でコップに挿した花を見つけ、程よく陽の射す窓際へ持って行っての撮影。
エアコンの設定温度は低目のわりに室内は暑く、少しのぼせたのか昼過ぎから頭痛。 使っていたPCディスプレイが目の疲れるタイプだったのか、天気が崩れる前触れなのか、やはり暑さのせいか、夕方には軽く悪寒もしだし、外が暗くなってゆくのを感じながら「これは眼精疲労だなぁ」と思い。
エアコンの設定温度は低目のわりに室内は暑く、少しのぼせたのか昼過ぎから頭痛。 使っていたPCディスプレイが目の疲れるタイプだったのか、天気が崩れる前触れなのか、やはり暑さのせいか、夕方には軽く悪寒もしだし、外が暗くなってゆくのを感じながら「これは眼精疲労だなぁ」と思い。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-13
紅葉の季節
日中の外出で、風の冷たさに指先の毛細血管が細くなって行くのがイメージされ、この冬はじめて「手袋しよう」と思った。 暦では今日くらいが「氷が張り始める頃」で、氷こそ張っていなかったものの急に寒くなったように思えた。 11月13日、今日くらいがアメリカ楓の紅葉の中間地点。 アメリカ楓は1本の木に紫・深紅・赤・深緑・緑・黄緑・黄色と全ての紅葉の段階が一度に見られ、樹高も高くけっこう見ごたえがある。 その事を思い描きながら近くの商業施設へ行くと、1本のモミジの木に緑・黄色・赤・紫と様々な色の葉の彩りが。 昨日はそれほど目に入らなかった落ち葉も今日はだいぶ目立った。 桂の葉も半分以上が黄色くなっていて、いつかの「砂糖を焦がしたような香り」を少し感じられたような気がした。 紅葉、1週間くらい楽しめるンだろうか。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-12
何日ぶりかの日射し
遠く低空に雲があるのみでほぼ快晴の朝。 その後は高度の低いウロコ雲状の雲やスジ雲が広がって、曇り気味の晴れと言った風の1日だった。 日一日と寒く感じる度合いが強くなっているように思う。 外出時、久しぶりに青空バックで街を撮ったのだけど、その辺りはなぜかピントが来ておらずほぼ全滅。 勢いに任せて撮るとロクな事がないといういい事例。 これまでマニュアル・フォーカスのレンズを多用してきて、ようやく最近オート・フォーカスに慣れて来たンじゃないかとは思う。 AFを使って来なかったかと言うとそうした事もなく、Nikonを使っていた頃はほぼ全てAFだったし、CanonもほぼAF、Leicaも半分以上がAF、SonyはAF率は1割にも満たず1%あったかどうか程度。 もう数世代前のカメラの話になってしまうのだけど、それぞれのAF動作のイメージは、Nikonはシャッター・ボタンを半押しにする都度「ジッ」「ジッ」とモーターの音がして「当たり」を導くのに苦労する印象。 Canonは比較的スコン・スコンと超音波モーターがコ気味良く動いてそこそこ合焦するが肝心なレンズ自体のピント位置がはっきりしない印象。 Leica(SL2-S)は割と外れなく合わせてくれたが動き物が至極苦手な印象。 Sonyはどこに合焦しているのかいまいち掴みどころのない印象。 でもSonyは意外と食いつきは良いかな。 どのメーカーも用途に合わせて設定次第という処はあるけれど。 AF使いこなさないとなぁ。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-11
北風のすきま
凪というには時間が早い気もするけれど、すっと風が止んだ。 ほんの少し体温が上がった感のある穏やかなひとときか。 北風が吹くようになって1週間ほど? 明日頃は七十二候で「地始凍」(ちはじめてこおる)と水溜まりや池や水鉢に氷が張り始める頃らしい。 日中の気温は15-17℃くらいか。 何日か後には20℃くらいの日もあるようだけど、三寒四温の逆に三温四寒くらいな感じを繰り返してどんどん冬化していきそう。 つい1週間ほど前の15℃はコートに相当する上着は不要だったけれど、最近の15℃はそれだと寒い。 たぶん北風のせい。 この先は北風や西風が吹いて植物にも動物にも過酷な季節を迎え、今はその前の静けさのような天気。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-10
商店街
少し雲に隙間が出来てきて、日射しと言うほどでもなく辺りが明るく。 少し前まで降っていた雨に濡れた道路が程よく光を反射して、空も道路も白とも銀色ともつかない景色に。
昼頃には西洋画に描かれる大きくちぎれた綿あめのようでいて力強い形の雲が広がり、やがて空は青空に。 雲は小さくなって流れて、太陽光はこの時期らしく案外高度が低く、意外と青っぽくてごく僅か黄色が混じり鋭く照らしてくる。 青空の奥には濃い青灰色の雲もありコントラストも面白く、建物に当たると陰影を際立たせどこを撮っても絵になる気がする。 写真を撮れる状態なら街を歩き回りたい思いで手足がうずうず。
昼頃には西洋画に描かれる大きくちぎれた綿あめのようでいて力強い形の雲が広がり、やがて空は青空に。 雲は小さくなって流れて、太陽光はこの時期らしく案外高度が低く、意外と青っぽくてごく僅か黄色が混じり鋭く照らしてくる。 青空の奥には濃い青灰色の雲もありコントラストも面白く、建物に当たると陰影を際立たせどこを撮っても絵になる気がする。 写真を撮れる状態なら街を歩き回りたい思いで手足がうずうず。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-09
紅葉の始まり
ようやく、紅葉? と思える色づきが始まった。 まだ周囲を見渡すとほぼ緑色で、よーく見ると葉に黄色が混じって感じる。 モミジは夏の暑さのせいか紅葉と言うよりは黄変というか薄茶く枯れ始めているような木も目に入る。 このあとは急速に街の中に紅や黄色や茶色が混じっていって、急速に散ってしまいそう。 秋が短かいのか、秋が無いのか。 気が付けばキンモクセイの香りはなくなって、七十二候ではあと1週間で「金盞香」と「スイセンが咲く頃」なのだそう。 今日頃は「山茶始開」と「サザンカが咲く頃」とのことで、歩きながらサザンカを探したけれど見当たらず。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-08
SMC-TAKUMAR 1.4/50mm
いわゆる「アトム・レンズ」。 中玉が茶色く変色していて、デジタル・カメラであれば色温度補正である程度は補正されるのだけど、やはり茶色い部分は茶色くて補正されるも変色は均一ではないのでどうもスッキリしない。 紫外線を当てると「茶色」は消えるらしいのだけど、何でも100円ショップで売っているネイル硬化用の紫外線発光器が変色の除去に便利だとか。 それで先日100円ショップを訪れるも見当たらず。 300円ショップとかだとあるのだろうか? そもそも300円ショップって最近聞かないけどあるのだろうか。
ずっと前に使っていたのはSuper Multi Coated Takumarの55mm F1.8。 その頃も28-70mmと70-200mmは持っていたけど殆どはこのレンズで撮っていた。 55mmって、標準域ではあるけれどやや長め。 今に思えば随分と不便な条件だったのではないかと思うが普通にこれで撮っていた。 何ならこの方が思いの通りに撮れていたような気もする。 そうしたこともあって、Sony FE 55mm F1.8 ZAを買ってみようかと思ったこともあるけれど、Voigtlander Nokton Classic 40mm F1.4 MC VMをAPS-Hサイズのセンサーのカメラで52mmくらいな感じで使ってみようかと思ったこともあるけれど、前者は、それならCarl Zeiss T* Planar F2 50mm ZMか、ZEISS Loxia T* Planar F2 50mmか、だったらCONTAX Carl Zeiss T* Planar 50mm F1.4を持っているからそれでいいかと落ち着き、後者は購入して色々と撮ってみたところ、やはりどうも「長」かった。 以前とは撮るものが違うのか、もっと広角寄りの画角が必要らしい。 という感じで出番の少ないSMC-TAKUMAR 50mm F1.4。 これ、CONTAX Carl ZeissのPlanar 50mm F1.4とレンズ構成が一緒で違いはコーティングくらいと聞いたことがあるが、さすがにそこまで近いという気はせず。 でも、ボケや撮影距離の差による写り方のクセみたいなところはすごく似ているように思うことがある。 色味は全くの別物だけど、なんか妙に馴染む描写の自然さはこの2つ、どことなくだけど似ている、のかなぁ...。
ずっと前に使っていたのはSuper Multi Coated Takumarの55mm F1.8。 その頃も28-70mmと70-200mmは持っていたけど殆どはこのレンズで撮っていた。 55mmって、標準域ではあるけれどやや長め。 今に思えば随分と不便な条件だったのではないかと思うが普通にこれで撮っていた。 何ならこの方が思いの通りに撮れていたような気もする。 そうしたこともあって、Sony FE 55mm F1.8 ZAを買ってみようかと思ったこともあるけれど、Voigtlander Nokton Classic 40mm F1.4 MC VMをAPS-Hサイズのセンサーのカメラで52mmくらいな感じで使ってみようかと思ったこともあるけれど、前者は、それならCarl Zeiss T* Planar F2 50mm ZMか、ZEISS Loxia T* Planar F2 50mmか、だったらCONTAX Carl Zeiss T* Planar 50mm F1.4を持っているからそれでいいかと落ち着き、後者は購入して色々と撮ってみたところ、やはりどうも「長」かった。 以前とは撮るものが違うのか、もっと広角寄りの画角が必要らしい。 という感じで出番の少ないSMC-TAKUMAR 50mm F1.4。 これ、CONTAX Carl ZeissのPlanar 50mm F1.4とレンズ構成が一緒で違いはコーティングくらいと聞いたことがあるが、さすがにそこまで近いという気はせず。 でも、ボケや撮影距離の差による写り方のクセみたいなところはすごく似ているように思うことがある。 色味は全くの別物だけど、なんか妙に馴染む描写の自然さはこの2つ、どことなくだけど似ている、のかなぁ...。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-07
夜の美術館
セミナーが終わって写真展へ。 「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」と「総合開館30周年記念 遠い窓へ 日本の新進作家 vol. 22」の2つ。 新進作家展は2002年にスタートしたという展示で、今年は印象としては大人しい作品が多かったように思った。 極端な言い方だけれども「普通に写真を撮ってきた」という風な感じ。
そう言えば、この美術館がある「恵比寿ガーデン・プレイス」って、最近外資系に売却したんだったっけ? Bloomburgによると「KKR陣営が優先交渉権を獲得した。売却価格は4000億円超になる見通しで、11月中の合意を目指している。現在も協議中で最終的に契約に至らない可能性も ---」らしい。 ん。 契約には至らない気がする。
そう言えば、この美術館がある「恵比寿ガーデン・プレイス」って、最近外資系に売却したんだったっけ? Bloomburgによると「KKR陣営が優先交渉権を獲得した。売却価格は4000億円超になる見通しで、11月中の合意を目指している。現在も協議中で最終的に契約に至らない可能性も ---」らしい。 ん。 契約には至らない気がする。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-06
きょうは Oscar Peterson
蕎麦屋の一角に置かれたレコード・ジャケット。 ここ、3年周期ぐらいで訪れている。 蕎麦を楽しむのも然ることながら店内に流れる音楽との出会いが楽しみになっている。 音楽はジャズのみ。 前回はThelonious Monkで、聴くのは初めてだった。 この話、以前にも書いたナと思いつつ --- 何より惹かれたのはジャケット写真で、粗めの粒子の白黒のそれは、ピアノの演奏中と思われる奏者が目をつむり顔をやや上へ向けている、深夜・静かで叙情的な曲・タバコの煙を思わせるものだった。 調べたら「楽園への歩み」「カントリー・ドクター」「ミナマタ」を撮ったEugene Smithの写真。 ニューヨークの「LOFT」と呼ばれていたジャズ・ミュージシャンの巣のような、商業地区の小さなビルの一室で撮られたものだった。 「LOFT」での写真撮影もこの時に初めて知った。
今日のOscar Peterson、興味深い情報が出てくるだろうか。 近く調べてみよう。
前回、同じようにジャケットを撮ったときはZEISS Loxia T* Distagon 2.8/21mmだったっけ。 端正な写りのレンズだったけど空の色がうまく出せないことが多かった。 その前に来たときは Carl Zeiss T* Biogon 2.8/25mm ZMで、心地よいシャープさと柔らかい色味の楽しいレンズだったっけ。 でも結局「25mm」に馴染めなかったンだった。 「25mm」は、CONTAX Carl Zeiss T* Distagon 2.8/25mm以来2本目で、その時に馴染めなかった「25mm」への再チャレンジだった。 色々と記憶が蘇って来ながら店内をキョロキョロ。
さて蕎麦を注文しようと「『せいろ』1枚ください」と言ったら、なんと無くなっていた。 なにせ3年周期なのでこうした変化もあり得るかと思いつつ、とりあえずという感じになってしまったがメニューをざっと見て値段の手軽な「ぶっかけ」を注文。
流れる音楽はごく小さな音で、料理が出てくるまでの時間、出処を探すと棚の下の方にB&Wの小さなスピーカーがあった。 以前はJBLのロゴの付いた大きなエンクロージャーに、奥にウーファーとフル・レンジと思われるユニットが見えるスピーカーと、大きなホーン・ツイーターが2つ上に乗っている、それらが鳴っていたと思う。 真空管「300B」が挿さった手作りっぽいアンプで駆動され、電灯などのON/OFFの都度、大きく「ボコン」や「ブチッ」とノイズが乗る。 きょう見たら機材は大きく変わっていて、メーカーものっぽいシャーシに入ったそれらは多分ノイズとは無縁。 ジャケットや機材に見入っていると、「何かご希望があればおかけしますよ」と店員さん。
今日のOscar Peterson、興味深い情報が出てくるだろうか。 近く調べてみよう。
前回、同じようにジャケットを撮ったときはZEISS Loxia T* Distagon 2.8/21mmだったっけ。 端正な写りのレンズだったけど空の色がうまく出せないことが多かった。 その前に来たときは Carl Zeiss T* Biogon 2.8/25mm ZMで、心地よいシャープさと柔らかい色味の楽しいレンズだったっけ。 でも結局「25mm」に馴染めなかったンだった。 「25mm」は、CONTAX Carl Zeiss T* Distagon 2.8/25mm以来2本目で、その時に馴染めなかった「25mm」への再チャレンジだった。 色々と記憶が蘇って来ながら店内をキョロキョロ。
さて蕎麦を注文しようと「『せいろ』1枚ください」と言ったら、なんと無くなっていた。 なにせ3年周期なのでこうした変化もあり得るかと思いつつ、とりあえずという感じになってしまったがメニューをざっと見て値段の手軽な「ぶっかけ」を注文。
流れる音楽はごく小さな音で、料理が出てくるまでの時間、出処を探すと棚の下の方にB&Wの小さなスピーカーがあった。 以前はJBLのロゴの付いた大きなエンクロージャーに、奥にウーファーとフル・レンジと思われるユニットが見えるスピーカーと、大きなホーン・ツイーターが2つ上に乗っている、それらが鳴っていたと思う。 真空管「300B」が挿さった手作りっぽいアンプで駆動され、電灯などのON/OFFの都度、大きく「ボコン」や「ブチッ」とノイズが乗る。 きょう見たら機材は大きく変わっていて、メーカーものっぽいシャーシに入ったそれらは多分ノイズとは無縁。 ジャケットや機材に見入っていると、「何かご希望があればおかけしますよ」と店員さん。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-05
暖かそうな
一昨日の風の寒さ、どうりで。 11月3日、木枯らし一号が吹いたらしい。 風はあったけれど空気が湿っていて「木枯らし」という雰囲気ではなく、でも今日訪れた商業施設の池には大小様々、黄色にオレンジとやや紅葉した落ち葉がたくさん沈んでいた。 落下した噴水の水に打たれた水面は細かく波打って、池底の水を揺らして枯れ葉の重なりを変えて行く。 早朝は日の出を見たものの、その後は雲が広がって今日も曇り。 フィリピンでは台風25号が上陸、間もなく26号も発生かと言われていて、その影響で太平洋側では曇りやすいという予報。 つい最近まで「24℃夏日に迫る気温」と予報のあった日もあり、ここ数日は関東では日中の気温は15℃ほどの冬空。 フィリピン・ベトナム周辺では台風や熱帯低気圧が猛威をと、ちょっと想像の及ばない気候の入り乱れ。 暖かそうなアイス・クリームのサインを見ながら天気予報の衛星写真を思い浮かべ。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-04
Capital ”A”
「今季一番の冷え込み」とのこと。 昨夜は目を覚ました夜中にかなりの冷えを感じ、手探りで膝掛けを手繰り寄せて布団にそれを足した。 昨日は夕方から寒くなり、5階建ての建物の屋上で彗星を撮っていた約40分間のその後、冷えて暫く足が小刻みに震えていた。 期待に反して彗星はうっすらとしか写らなかったけど。
彗星と言えば、きょう小惑星の話を聞いた。 惑星、衛星、人工衛星の隙間を巧みに進んで太陽系にいるらしい。 WiKi Pediaによると、名前は「3I/ATLAS または C/2025 N1 (ATLAS) 」、正体は「恒星間天体に分類される非周期彗星」とされているもの。 「高速で太陽系内を縦断していくが、地球から約 1.8 au(約2億7000万 km)以内に近づくことはないため、脅威となるような天体ではない[15]。オウムアムア (1I/ʻOumuamua) とボリソフ彗星 (2I/Borisov) に続いて太陽系外からの飛来が確認された観測史上3例目の恒星間天体」とのこと。
きょうの最高気温は15℃ほどとだいぶ冬の様相に。 4階建てだったかの都営アパートの上階に、ちらっと干し柿が吊るされているのを見た。 近年の関東圏では気温が高く湿度も高めのためか、自然乾燥では干し柿がよく乾かないことがある。 個人的な感覚で、干し柿を食べた翌春は花粉症の症状が軽い気がする。 この冬、どこかスーパーで買ってみようか。
彗星と言えば、きょう小惑星の話を聞いた。 惑星、衛星、人工衛星の隙間を巧みに進んで太陽系にいるらしい。 WiKi Pediaによると、名前は「3I/ATLAS または C/2025 N1 (ATLAS) 」、正体は「恒星間天体に分類される非周期彗星」とされているもの。 「高速で太陽系内を縦断していくが、地球から約 1.8 au(約2億7000万 km)以内に近づくことはないため、脅威となるような天体ではない[15]。オウムアムア (1I/ʻOumuamua) とボリソフ彗星 (2I/Borisov) に続いて太陽系外からの飛来が確認された観測史上3例目の恒星間天体」とのこと。
きょうの最高気温は15℃ほどとだいぶ冬の様相に。 4階建てだったかの都営アパートの上階に、ちらっと干し柿が吊るされているのを見た。 近年の関東圏では気温が高く湿度も高めのためか、自然乾燥では干し柿がよく乾かないことがある。 個人的な感覚で、干し柿を食べた翌春は花粉症の症状が軽い気がする。 この冬、どこかスーパーで買ってみようか。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-03
かろうじて
話題になっていたレモン彗星。 少し前にはもう1つ、スワン彗星というのも来ていて、f=10mmくらいのレンズであれば1枚の写真に2つの彗星を写し込める可能性があった。 実際には5等級前後と期待されていたほどの明るさにはなっていない模様で、よほど暗い空と明るいレンズが組み合わさらないと難しそう。 それほどの明るさではないもののSNSなどには見事な尾の彗星の写真が多数アップ・ロードされている。 対して今日の撮影ではかろうじて点が見えるくらいの写り。 昨年の紫金山彗星は肉眼でもうっすら見えるくらいまで明るくなり、カメラも手持ちでギリ写せる条件だった。
今日はほぼ快晴だったけれど湿気や街明かりがあったりで、写りはこのあたりが限度か。 機材はSony a7SII、CONTAX Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/90mm、設定はF2.8、ISO 1250、0.8sec.、高解像度化を行ったRAWから生成したJPG 5枚をスタック。 最近発売されたSigmaの200mm F2とかあるともう少し明瞭にはなるだろうけど。 明るかった彗星は1996年頃の百武や1997年頃のヘール・ボップ、悪天候で見られなかったけれど近年はネオ・ワイズとか。 意外と彗星は多く来ているのだけど、案外 写せない...。 以下、メモ:
今日はほぼ快晴だったけれど湿気や街明かりがあったりで、写りはこのあたりが限度か。 機材はSony a7SII、CONTAX Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/90mm、設定はF2.8、ISO 1250、0.8sec.、高解像度化を行ったRAWから生成したJPG 5枚をスタック。 最近発売されたSigmaの200mm F2とかあるともう少し明瞭にはなるだろうけど。 明るかった彗星は1996年頃の百武や1997年頃のヘール・ボップ、悪天候で見られなかったけれど近年はネオ・ワイズとか。 意外と彗星は多く来ているのだけど、案外 写せない...。 以下、メモ:
| 1986 | ハレー | 2021 | レナード |
| 1996 | 百武 | 2023 | ZTF |
| 1997 | ヘール・ボップ | 2024 | ポンス・ブルックス |
| 2002 | リニア | 2024 | 紫金山(Tsu-chin-shan) |
| 2003 | ニート | 2025 | アトラス(核消滅) |
| 2007 | マックノートックノート | 2025 | スワン |
| 2011 | ラブジョイ(核消滅) | 2025 | レモン |
| 2013 | アイソン(核消滅) | 2025 | クリステンセン(暗い) |
| 2015 | カタリナ | 2025 | フィエチジョシュ(暗い) |
| 2017 | ジョンソン | 2026 | ショーマス(暗い) |
| 2018 | ウィルタネン | 2026 | PanSTARRS C/2025 R3(暗い) |
| 2020 | ネオワイズ | 2026 | テンペル第2(暗い) |
2025-11-02
森の香
清里写真美術館 K*MoPAからのfacebook/X/Instagramへの投稿に八ヶ岳の風景が語られていた。 「ざざっという風の音、砂糖をこがしたようなカツラの木の甘い香りがただよう ---」。 抜けの良い快晴の碧をバックに紅葉しかけた木々の緑の映える季節。
30年前、初めて訪れた頃に感じていた空気の香りはちょうどそうした時期のもので、森の描写に様々に記憶が浮かび上がってくる。 30年という歳月を積み重ねた美術館という存在、スタッフの方々。 いまは事務所機能や収蔵作品の移動と同時に来年の「ヤング・ポートフォリオ」に向けた準備と、雪が降り出すだろうこのあと1ヶ月半の間は、何重にも多忙ななかにひときわ濃い時間を過ごされているだろう彼の地に思いを馳せる。
30年前、初めて訪れた頃に感じていた空気の香りはちょうどそうした時期のもので、森の描写に様々に記憶が浮かび上がってくる。 30年という歳月を積み重ねた美術館という存在、スタッフの方々。 いまは事務所機能や収蔵作品の移動と同時に来年の「ヤング・ポートフォリオ」に向けた準備と、雪が降り出すだろうこのあと1ヶ月半の間は、何重にも多忙ななかにひときわ濃い時間を過ごされているだろう彼の地に思いを馳せる。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-11-01
An Old Apartment
歩いていたら団地の中へ迷い込み、建て替えの時期なのか生活の気配を感じられない少し古いアパート2棟がぽつりと現れた。 1階に営業している循環器系内科が1軒あるのみで、他にも飲食や雑貨等の店舗があったと思われる処はシャッターが下ろされて久しい雰囲気。 その角に年配の女性が1人いて、目が合うと「ここにあるみかんの木が気になって見に来た」のだという。 センダンの木の根元のやや日陰に立つその木、何でも前に住んでいた人が植え、近年はけっこう実を付けていて甘いとのこと。 住人で少しずつ取っていたようだが、住んでいる人がいなくなったからか、今年はどこからか男性がやってきて自転車のカゴいっぱいに摘んで行ってしまったと言っていた。 ちょうどよい時期を狙っているのはヒトも鳥も似たり寄ったり。 十分に熟すのを待つヒトよりも動物の方がほんの半日か1日ほど早く食べてしまう。 それでも「ヒトの分」は案外残っていたりするのだけど、このみかんも、その奥にあると言っていた、夏には熟した実でよくジャムを作ったという桑の木も、そろそろ建物と共に無くなってしまいそう。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-31
Aria
持ち出そうと思ったら電池が切れていた。 リチウム電池「CR2」が2つ。 1年ぐらい前に秋月電子通商で安価に買ってきたもので、まだ撮れるだろうと思っていたらカラッぽだった。 少し容量が少ない感じ。 どこかで電池を入手して今度こそどこかへ持ち出そう。 CONTAX Ariaで最後に撮ってから2年ほど経っているだろうか。 Kodakから新しいネガ・フィルムが発売されたというし、手元に期限切れのEPNとTXとCN(Kodak Ektachrome 100、Kodak Tri-X、Kodak T400 CN T-Max)あるし、さすがにまともに色は出ないだろうし、写真店に現像をお願いするのも気が引けるくらい期限が切れているのだけど、この3本は使ってみたい。 このAria、昨年だったか会社の後輩にKodak E100を詰めて貸したことがある。 忙しい中にも色々と撮ってきて、見ると絵柄は構図もキレイで、最も「へぇ」と思ったのは露出。 ハイライトは飛ばずシャドウは潰れず実にデジタルっぽかった。 デジタルっぽいというか、ソフトウェアで後処理を行ったかのようにぴったりとラチチュード一杯に見事に収まっていた。 フィルム撮影でのハイライトの飛びとシャドウの潰れも含めて「0-255の枠を意識するでもなく」という意味で、「こういうものか」「これでいいんだ」と光を扱う自由度みたいなところを楽しんでもらうのが目的の1つだったのだけど、どのコマも優等生的な収まり具合だった。 もちろんそれって所謂「正解」なので言葉に詰まってしまった。 「デジタル世代」・「ホワイト社会」と思い浮かんだ経験だった。 これも1つの「時代を写す」あり方なのかも。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-30
夕方の日射し
15時台とはいえ、早くなりつつある日没まで約1時間という頃でだいぶ日射しは傾く。 湿度が低いのか、ずいぶんとパキっとした感じの光線でけっこう眩しかった。 あと1週間ほどで立冬、あと1月半ほどで冬至。 街のなかの木々にはあまり紅葉の気配もなく、このままあっという間に冬の風景に変わって行くのだろう。 八ヶ岳あたりは紅葉しているのだろうか。 針葉樹林のなかにナナカマドだかハゼだかが紅く紅葉している風景を思い出し。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-29
其々の帰路
気温15-16℃ほど。 薄手でもコートを着ようか迷うくらいの狭間。 北風でも吹いていればコート確定だけど、風のなかった今日はまだやや薄着で大丈夫。 無風で13℃台からかな、コート。 バスを待つ列の人々も縮こまることなく穏やかな雰囲気。 そして今日は湿度40%程度との予報だったけれどあまり乾燥していた感もなく、夕方には薄い青色の空にシュっと描いたような、線のようなリボンのような棚びくようなオレンジ色の雲が何本も光っていた。 残念ながらその時間には外出できず。 最近、日射しにはあまり恵まれず。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-28
いつかの路地
「いつかの」と言いつつ、ここよく歩く道。 随分と長いこと通っていたけれど、この赤い屋根の意匠に気付いたのはつい数年前のこと。 反対側から見ると高い位置に「COFFEE」の色褪せた看板があってそれは気になっていた。 たぶんこの屋根は視界には入っていたはずだけど気になってはこなかった。 そして昨日は、新たに手前の呑み屋の入口に店名看板が付いた。 以前はどんなだったか記憶なし。 ここは以前にも撮っているしこのブログにも載せているので、後日その様子を見てみようと思う。 どうでも良さそうなプチ感動として、この写真の撮影時刻が昨日のものと同じだった。 こうした同一の事柄って、よりリアルに過去の自分や被写体に、今回はちょうど1日前のシャッターを切っていた瞬間瞬間の感触を思い出した。 そして昨日は甘かったピント合わせに、今日は反省してじっくりと取り組んだ。 今日も時々は晴れ間があったのだけど、外出時はどうも陽射しに恵まれず。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-27
やや暖かかった日
ちょっと濃かったか。 フジブロの4号紙に焼いたような質感になってしまった。 マットな3号くらいにしておきたかったのだけど。 3号と言えば、その昔に米国・オレゴンにいたときに知人と暗室で写真を焼こうという日があって、それに向けてニューヨークのB&H Photo Video Inc.というお店から印画紙を取り寄せたことがあった。 AgfaのPortrigaという印画紙で面質はエンボス状で3号紙。 ニューヨークのセントラル・パークのダコタ・ハウス近くの「IMAGINE」サークルで、3-4歳の男の子をやや遠目に撮った写真を焼いた。 ILFORDのGALERIEを見慣れていたためか、黒の色調がやや茶色く、黒の締まりはやや弱く見えた。 でもバランスの良い印画紙で、撮った時の思いが写っている気がした。 ごく最近知ったのだけど、Portrigaはけっこう人気のある印画紙だったよう。 何で聴いたかな。 Youtubeの「2B ch」・渡部さとる氏の配信? Kodak ELITEやFUJIFILM Museum、ILFORD GALERIEは時折耳にしていたけれど、AGFA PORTRIGAは取り寄せる時にB&Hのカタログで見たのが初めてだった。
今日は20-22℃ほどまで気温が上がり、湿度もやや高かった。 歩いていると体感的にはやや暑いくらい。 冬がやってくると思っているところに、今日の夕方、と言っても日の入りから2時間後ほど経っていたが、空気は少し春の香りがした。
今日は20-22℃ほどまで気温が上がり、湿度もやや高かった。 歩いていると体感的にはやや暑いくらい。 冬がやってくると思っているところに、今日の夕方、と言っても日の入りから2時間後ほど経っていたが、空気は少し春の香りがした。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-26
裏通り
10月23日頃から11月6日頃までは「霜降」。 文字通り霜が降りだす頃。 その中候が10月28日から11月1日頃で「霎時施」(しぐれときどきほどこす)と言い「小雨がしとしと降るようになる」時期とのこと。 暦通り、それよりちょっとだけ早いか、最近はまさに「小雨がしとしと」という風に降る日が多い。 「秋雨前線」の声を聞くようになって久しく、急に寒くなったこの3日ほど、今日は路地から表通りに出た瞬間に、空気の匂いはクリスマス頃を思わせるものだった。 具体的には何だろう? 寒すぎない北風の頃の凪の期間 - といったあたりが思いつく。 年の暮れる最後の賑やかな時期であるクリスマス。 まだ2ヶ月も先だけど、急に冬に向かい始めた感のあるここ最近、近年は「1ヶ月早く季節が巡る」と言われる気候の勇み足が見え隠れしているのかも。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-25
公衆電話
きょう久々に公衆電話を使っている人を見かけた。 何年振りかの光景だし、自分で公衆電話を使った最後はいつだっただろう。 随分前に、仕事でポケベルを持っていた頃はよく公衆電話から数字の語呂合わせメッセージを送り、受話器を戻すと「ピピー、ピピー、ピピー」と音が鳴ってテレホンカードが公衆電話本体から返却される。 駅には公衆電話が並んだ一角があって、高校生などはひたすら電話のテンキーを(「ダイヤル・ボタン」?)打ち続けている風景があった。 仮名が表示できるポケベルも後に登場した記憶があるので、あれって多分、相手も電話をかけている状態で会話はポケベルに表示されるひらがなを見ながら行っている? だったらその掛けている電話で会話した方が早そうにも思うけど、携帯が一般的でなかった時代、外出している人同士で通信するにはポケベル越しの文字の会話が有効だったのだろう。 「あ」が「01」、「た」が「31」とかじゃないだろうか。 高校生ぐらいだと、そうした2桁を駆使しての文章の送りっこにはすんなり慣れてしまいそう。
Photoshopのアップデートで、Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG | Cのプロファイルが適用されるようになった模様。 これまでは「内蔵」と表示されていたのがレンズ名になっていたためそう思った次第。 でも歪曲の補正具合はなんだか微妙。 以前のも今のもどっちもどっちなような気がする。 もっとも、プロファイルが更新されたとの情報は確認していないので今日は「気がする」ところまで。
Photoshopのアップデートで、Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG | Cのプロファイルが適用されるようになった模様。 これまでは「内蔵」と表示されていたのがレンズ名になっていたためそう思った次第。 でも歪曲の補正具合はなんだか微妙。 以前のも今のもどっちもどっちなような気がする。 もっとも、プロファイルが更新されたとの情報は確認していないので今日は「気がする」ところまで。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-24
シネマ通り - 東端から
概ねは曇り空、時々晴れてまた雲って雨が降ってのちょい忙しい天気。 シネマ通りの東の端に2つ現存する通りの名前の飾り看板(正式名称は分からず)の1つを入れて通りを撮ってみようと行ってみた。 曇りだし、奥には大きなマンションがあるし、いつか街路灯の灯る夕方に来てみようと思いつつ。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-23
海辺で
天気予報に反して結構な寒さだった。 今日から暫くは少し気温が上がって、上着は薄手のもので大丈夫というアドバイスだったけれど、風が冷たくて薄手の冬のコートで良いくらいだった。 天気予報がともかく、ついいつも通りTシャツ+Yシャツにフリースを羽織って出かけてしまい、ほぼ1日外にいたような状態から体が冷えて午後には頭痛に。
今日は上田義彦氏の写真展「いつも世界は遠く、」へ足を運んだ。 神奈川・葉山にある美術館で、逗子駅からバスで20分ほどだっただろうか。 どこか「遠い視線」(眼差し)を感じる写真が多い印象で、遠い地の写真の合い間に家族の写真が点在していて、遠い地への実際の距離があり、その写真制作と私生活との間の時間経過があり、そこに混じる物理的と心理的な距離感が身近な存在との対照となり、今度は客観と主観が入り混じる。 そこに彼の地の風景やそれぞれの被写体に込める思いが強調されてくるような、絵的に醸される独特な静寂とともに作家の世界観に満ちた空間だった。
逗子駅周辺を訪れたのは2度目。 駅構内は3度目。 駅周辺を歩いてみたかったのだけど今日は時間がなく、代わりに? 初めて京急の逗子・葉山駅で下車した。 前回は「たぶんこの先に京急の駅があるのだろう」と、それっぽい通りを遠目に覗き込むだけだった。 バスの車窓に雰囲気を眺めるだけでもちょっと街歩きの気分。 逗子駅では、以前入ったことのある「立喰いそば」で温まろうと思っていたら、5分後に出発する電車を逃すと次は1時間後だと言うのでそのまま乗車。 電車の窓越しに立喰いそば屋を確認しようとしたのだけど発見できず。 ...あったのかな?
今日は上田義彦氏の写真展「いつも世界は遠く、」へ足を運んだ。 神奈川・葉山にある美術館で、逗子駅からバスで20分ほどだっただろうか。 どこか「遠い視線」(眼差し)を感じる写真が多い印象で、遠い地の写真の合い間に家族の写真が点在していて、遠い地への実際の距離があり、その写真制作と私生活との間の時間経過があり、そこに混じる物理的と心理的な距離感が身近な存在との対照となり、今度は客観と主観が入り混じる。 そこに彼の地の風景やそれぞれの被写体に込める思いが強調されてくるような、絵的に醸される独特な静寂とともに作家の世界観に満ちた空間だった。
逗子駅周辺を訪れたのは2度目。 駅構内は3度目。 駅周辺を歩いてみたかったのだけど今日は時間がなく、代わりに? 初めて京急の逗子・葉山駅で下車した。 前回は「たぶんこの先に京急の駅があるのだろう」と、それっぽい通りを遠目に覗き込むだけだった。 バスの車窓に雰囲気を眺めるだけでもちょっと街歩きの気分。 逗子駅では、以前入ったことのある「立喰いそば」で温まろうと思っていたら、5分後に出発する電車を逃すと次は1時間後だと言うのでそのまま乗車。 電車の窓越しに立喰いそば屋を確認しようとしたのだけど発見できず。 ...あったのかな?
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-22
秋雨前線?
ほぼ1日雨。 日中の気温は12℃程とそこそこの寒さ。 12月上旬頃の気温だろうか。 たしかフィリピン沖辺りに台風24号がいたと思ったが..、明日にはベトナム上陸の見込みだそう。 随分と遠いところにいるように思えるけれど、たぶん今日の雨には影響しているのだろう。 薄手だけど冬用の上着を羽織ったのは今期2度目だろうか。
昨日の網膜剥離の手術の影響なのか、天気のせいもあると思うのだけど術後は随分と疲労を感じる。 昨日の午後も夜も睡眠を取り、両方ともそこそこ眠れていたと思うのだけど今日も眠い、というかグッタリしていた。 施術した右目は今までよりも少しだけスッキリと見えている感じがする。 もしかして網膜剝離はけっこう進行状態だったところ、たまたま一部が剥がれたのがこの1-2週間で、施術で網膜の剥離した辺りを固定したところ浮きかけていた膜面が全体的にしかるべき位置に寄ったためピントの精度が上がって視野が少しクリアになったと想像した。 視野にはたまに、術前に見えていた「画が映らない点」は小さくなったように思う。 今日はつい一度目をこすってしまったが、余分な引っ張る力を眼球に加えないようにそれは暫くガマンしておこう。
昨日の網膜剥離の手術の影響なのか、天気のせいもあると思うのだけど術後は随分と疲労を感じる。 昨日の午後も夜も睡眠を取り、両方ともそこそこ眠れていたと思うのだけど今日も眠い、というかグッタリしていた。 施術した右目は今までよりも少しだけスッキリと見えている感じがする。 もしかして網膜剝離はけっこう進行状態だったところ、たまたま一部が剥がれたのがこの1-2週間で、施術で網膜の剥離した辺りを固定したところ浮きかけていた膜面が全体的にしかるべき位置に寄ったためピントの精度が上がって視野が少しクリアになったと想像した。 視野にはたまに、術前に見えていた「画が映らない点」は小さくなったように思う。 今日はつい一度目をこすってしまったが、余分な引っ張る力を眼球に加えないようにそれは暫くガマンしておこう。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-21
寒い曇天
網膜剥離手術の日。 施術は一応完了し、問題は無い様子。 思ったよりも疲れ、瞳孔を開く目薬の影響で視界がぼやけていたりのストレスも加わってなんだか眠い。 1ヶ月後に術後の確認検査があり、そこで最終的な判断となるのか。 術中は、眼底にレーザーを当てるのだけど、じわじわと痛みを感じて来た。 よく言う「目の奥が痛い」「目の奥が重い」の症状が顕著な状態に近そう。 レーザー照射は20回くらい? イスに座って器具に顔を乗せての施術で、痛くて少しだけ腰が引けた。 「ちょっと痛いです」「もうちょっと、今3分の1くらい終わりました」「もうちょっと。あと5分の1」。 全部で3-4分くらいか。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-20
今年最後の一輪
紅い釣鐘状のクレマチス、今年最後の開花となる模様。 通常の開花期は5-10月ごろ。 真夏の暑い時期には花を付けられず、やや涼しくなってきた頃に開花し出し、今月上旬に一旦咲き終わり、今年はここで花は終わりかと思っていたらもう1つ蕾が付いた。 気づいてから2週間ほど経っただろうか、今朝咲き始めた。 クレマチスには冬咲きもあって、それを植えたらほぼ一年中何か花が咲く状態になりそう。 近年異様に暑い真夏はムリだろうけど。 そう言えば、今月上旬に香りだしたキンモクセイも段々に香りが無くなってきている。 街の中のキンモクセイも、気づいただけで4-5本は伐採されていて香りに遭遇する機会が減ったように思う。 キンモクセイの時期が終わり、なぜかまだ近所の駐車場ではアサガオが、路地ではザクロが咲いている。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-19
雨雲がかかり
朝には青空が覗いていたのが午後になって曇り、14時頃から東の空が急速に黒くなってやがてその雲が頭上に。 日没直後くらいな暗さになり、その後はパタパタと雨が降り出した。 天気のせいなのかちょっと体が重い気がする。 画像処理をしていると少し頭が重い感じがする。 色補正をしていて画面の特定の場所に焦点を絞ると網膜剥離している箇所なのか「見えない箇所」がひょろひょろと凝視したい場所を邪魔する。 幸いその「点」はこの1週間ほどで大きくなっている感じはあまりなく、「視野がおかしいと思ったら(今、手術を予約している眼科ではなく)即、病院へ行ってください」といただいた医療従事者からのアドバイスがあったが、どうやらそこまでではない感じ。 施術は明後日。 目への施術だけに、どれくらい様子が見えるのだろう?
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-18
日射しを逃し
ウロコ雲がきれいだったという話を聞いて「外いかなきゃ」と思ったのだけど、なかなかその機がやってこなかった。 時間が過ぎて行って、外に出た時にはさっきまで薄日が射していたのがすっかりどんより空。 線路沿いの小径を歩くことにして、これまであまり気になっていなかった、近年のLED街灯からしたらだいぶ大柄で蛍光灯が入っていそうな街路灯が幾つかあった。 あれ? ここに古い一軒家があったと思ったが... とそこは空き地になっていてドクダミが茂っていた。 空き地になっていたために街路灯が目立ったのか、そこに少し踏み入れて街路灯を撮り、次の街路灯に導かれるように次の街路灯を撮り、同じく路地に入り込んで街路灯を撮りと歩き進んだ。 無くならないうちに晴天の、空の高い日にまた撮りに来ようと思いつつ、雲って暗くなってしまった路地を行く。 振り返るとこれまでも見ていた風景がちょっと違ったものに映る。 ゴミ置き場に貼られた政党ポスターの顔ぶれがなんかシュール。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-17
久々の晴天
高倍率ズームにちょっと振り回されている感。 単焦点レンズの場合は自分と被写体との距離感がなんとなく掴めて、自然と距離を取ってカメラ構えて - となるのだけど、28-85mmとか24-120mmとかだと、あと20-60mmでも感覚的に頭に描いた絵柄に合わせて立ち位置が決まっていってズーム・リングを操作して画角を決めて撮るのだけど、20-200mmは焦点域が広すぎるのか、単焦点で撮っていると「あぁここは望遠で距離感を寄せて(詰めて)撮りたいなぁ」等々思いながら焦点域が段階的に思考されて行く感があり。 実際はもっと連続的に考えているのだろうけれど、文字にする都合で「段階的」。 で、ズーム・リングを回すとあまりに簡単に超広角域の20mm、望遠の200mmを行ったり来たりできるので、若干ながら脳がバグるというか...。 レンズに使われている感じというか。 重宝しているし面白いのだけど、まだこの広範囲の焦点域について行けていない。
そうしたなか、「あ」と思って目に入ったちょっと距離のある古いアパートと手前の駐車場。 ちょっと雑多な感じが好きで何度か撮ってはいるけれど、それらが少し凝縮されたように映ったため「今日はこれを望遠で撮ってみたい」とふと思って構えた。
このアパート、普通なら1・2階合わせて8世帯が入りそうな大きさで、そこが全部屋、というか建物1棟丸々がタイ古式マッサージのお店になっている。 スタッフは日本語の話せる人が2名くらいで、他、スタッフが何人いるのかは不明だけどおそらく皆さんタイ語。 施術はがっつりでけっこう痛い。 いつぞやのブラジル料理のお店はフィリピンからの人達だし何だか非常に逞しく映る。 他、韓国・中国系のマッサージや物産店も見かけ、以前にケバブのお店をしていた人は何人だと言っていたか、近年はベトナムの旗もよく見かける。 通りには米兵さんが歩いていたりで色々な国の混ざったような不思議な一角。
そうしたなか、「あ」と思って目に入ったちょっと距離のある古いアパートと手前の駐車場。 ちょっと雑多な感じが好きで何度か撮ってはいるけれど、それらが少し凝縮されたように映ったため「今日はこれを望遠で撮ってみたい」とふと思って構えた。
このアパート、普通なら1・2階合わせて8世帯が入りそうな大きさで、そこが全部屋、というか建物1棟丸々がタイ古式マッサージのお店になっている。 スタッフは日本語の話せる人が2名くらいで、他、スタッフが何人いるのかは不明だけどおそらく皆さんタイ語。 施術はがっつりでけっこう痛い。 いつぞやのブラジル料理のお店はフィリピンからの人達だし何だか非常に逞しく映る。 他、韓国・中国系のマッサージや物産店も見かけ、以前にケバブのお店をしていた人は何人だと言っていたか、近年はベトナムの旗もよく見かける。 通りには米兵さんが歩いていたりで色々な国の混ざったような不思議な一角。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-16
曇天
朝は雨が降っていて、昼過ぎくらいには上がったのだけど、どんよりした曇り空。 気温は20℃くらいだろうか、さほど高くはないがちょっと蒸す感じ。 「今日は体調悪い人多いだろうな」という会話が聞こえてくる。
今日はf=20mmを中心に撮影。 なんだか歪曲収差が気になり、そう遠くなくファーム・ウェアの更新がありそうな気がしてきた。 20mmと言えば超広角なので歪曲はあって当たり前だとは思いながら、ちょっと気持ち悪い歪み方に感じた。 最近まで使っていたLumix S 20-60mmの広角側はほとんど歪みを感じないくらい、歪みはあるのだけど自然な補正だったので、どうしてもそれと比較してしまい少し戸惑う。 20mmスタートでテレ端は60mmなのでそもそもがあまりムリな設計ではないのだろう。 対してSigmaは20mmから200mmまでの広い焦点域なので、歪曲はどうしても違和感が残るのだろう。 今日はSony FEの20mm辺りのプロファイルを充ててみたが、歪曲はあれど元々RAWファイルに書かれたデフォルトのプロファイルの方がよかったかもとも思い。 落ち着きどころを見いだせなかったが、取り敢えずこの先しばらくデフォルトで撮り続けてみようかと。 時に40-50mm付近でもやや不自然な歪曲が見られるので、「歪曲は気にしない」が正解なのかも。 それより何より20mm-200mmという高倍率の便利さ、こっちの方がはるかに勝る。 画質はズーム全域で決して悪くないと思う。
今日はf=20mmを中心に撮影。 なんだか歪曲収差が気になり、そう遠くなくファーム・ウェアの更新がありそうな気がしてきた。 20mmと言えば超広角なので歪曲はあって当たり前だとは思いながら、ちょっと気持ち悪い歪み方に感じた。 最近まで使っていたLumix S 20-60mmの広角側はほとんど歪みを感じないくらい、歪みはあるのだけど自然な補正だったので、どうしてもそれと比較してしまい少し戸惑う。 20mmスタートでテレ端は60mmなのでそもそもがあまりムリな設計ではないのだろう。 対してSigmaは20mmから200mmまでの広い焦点域なので、歪曲はどうしても違和感が残るのだろう。 今日はSony FEの20mm辺りのプロファイルを充ててみたが、歪曲はあれど元々RAWファイルに書かれたデフォルトのプロファイルの方がよかったかもとも思い。 落ち着きどころを見いだせなかったが、取り敢えずこの先しばらくデフォルトで撮り続けてみようかと。 時に40-50mm付近でもやや不自然な歪曲が見られるので、「歪曲は気にしない」が正解なのかも。 それより何より20mm-200mmという高倍率の便利さ、こっちの方がはるかに勝る。 画質はズーム全域で決して悪くないと思う。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
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2025-10-15
200mm
今日も曇り。 かつて呑み屋が並んでいた「あけぼの一番街」へ。 いま通りには商店街の看板は撤去されてしまい見当たらず。 もしかしたら通りの名は今は無いのかも。 この辺りは、ほんの10年ほど前までだったか、築50年くらいに見える、かつてデパートだったビルや、3階建て鉄筋コンクリートっぽいアパート、営業しているのかが怪しい木造の呑み屋、その先には2階が宴会場になってそうな飲食店や少し気取ったバーなどがあって、その昔の、元は日本軍の基地と航空機会社があり、その後に米軍基地、民間飛行場の顔を持つ場所にほど近い歓楽街の名残が見られた場所。 今はその殆どが一掃されマンションを建設中だったり、駐車場だったり、一部は更地だったりと変化の途中。 この場所の左手には大谷石でできた高めの塀があって、春先などはそのこに当たる陽光に季節感を想ったりと街の匂いのするような一角だったが、今は白い鉄板の壁で覆われていたりする。 「一番街」って名乗るような雰囲気も今はごく僅か。 今日はこの通りに行ってみよう、そして昨日がワイド端の20mmだったので今日はテレ端の200mmで撮ってみようと思いつつのそぞろ歩き。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-14
20mm
今までも撮っている場所だけど、今までと違うレンズで切り取ってみる。 今までもズーム・レンズの20mm、単焦点の21mmで撮ってきたけどなぜかちょっと違った画角に感じられた。 写りの雰囲気は、1977年頃に製造された、たぶんMamiya Op.製のRolleiの21mmに近い気がする。 かと言ってオールド・レンズっぽさがあるわけではなく、たぶん発色傾向と歪曲の雰囲気が少し似ているのだろう。 Rolleinarはもしかしたら新品ならもっと色味がコッテリしているのかも。 今日のSigmaのズーム・レンズ、案外シャドウ部に情報があったし、ハイライトの粘りは物足りなさがあるものの、これはこれで撮っていて面白いレンズ。 暫くコレで撮り続けて、ある日ふとまた単焦点ばかりで撮る日々が続きと、そういう感じで便利な高倍率ズームと不便だけど描写に特徴のある単焦点とを交互に持ち出すことになりそう。
今日は眼科医へ。 つい3日前から飛蚊症が強くなり、蚊ではなくアシナガバチかクマバチか位の薄茶色の影がもやもやしていて、つい2日前に視野のなかに透明に画像の抜けている僅かな箇所を認識。 それで眼科医で診ていただいたところ、飛蚊症は心配なく、視野の中の透明に感じる小さな点はごく軽微な網膜剥離とのこと。 約一週間後にレーザーで剥離部分を焼いて融着させる治療を行うことになった。 暫くして、融着した箇所が振動などで引っ張られて悪影響になることはないのだろうか? などが気になり始め、医療に詳しい方にお聞きしたところ心配ないとのことだった。 治療、意識があって目を開けた状態でのレーザー照射なんだろうなぁ。 想像しないようにして、...早く済ませたい。
今日は眼科医へ。 つい3日前から飛蚊症が強くなり、蚊ではなくアシナガバチかクマバチか位の薄茶色の影がもやもやしていて、つい2日前に視野のなかに透明に画像の抜けている僅かな箇所を認識。 それで眼科医で診ていただいたところ、飛蚊症は心配なく、視野の中の透明に感じる小さな点はごく軽微な網膜剥離とのこと。 約一週間後にレーザーで剥離部分を焼いて融着させる治療を行うことになった。 暫くして、融着した箇所が振動などで引っ張られて悪影響になることはないのだろうか? などが気になり始め、医療に詳しい方にお聞きしたところ心配ないとのことだった。 治療、意識があって目を開けた状態でのレーザー照射なんだろうなぁ。 想像しないようにして、...早く済ませたい。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-13
30年
「物事には必ず始まりと終わりがある」とよく思う。 1日の中にだってたくさんの始点と終点があって、それが幾重にも重なって日常になる。 「今」である日常はその存在感が気付かれずらくて、随分と後になって経過した「時」を感じて「ありふれた」と思っていたごく普通の日常が貴重に感じられたりする。 ありふれた・普通のと言ってもその毎日に手抜かりがあるわけではなく、様々な状況はあるにせよ誰しもその時の精一杯を過ごしているのだと思う。
Kiyosato Museum of Photographic Art - つい先日、この場所に初めて足を踏み入れてちょうど30年目に訪問してきた。 そして今日は最後の展示を終えて閉館という節目の日となった。 1995年7月7日の開館から約30年。 ここで一旦のピリオド。 これまでのたくさんの展示、行けたのはその内で僅かだったけれど、展示写真との距離感がなぜか近くに感じられ、写真の世界への求心性や没頭感のなかにいつも何らか影響されて帰路についていた。 K*MoPAがなくなってしまうとこの地を訪れる機会は激減してしまいそうだけど、ちょっと見慣れたレストランや公園や牧場施設などは、風景が大きく変わる前にまた自身の足跡をたどるように訪れてみたいとは思いつつ。
Kiyosato Museum of Photographic Art - つい先日、この場所に初めて足を踏み入れてちょうど30年目に訪問してきた。 そして今日は最後の展示を終えて閉館という節目の日となった。 1995年7月7日の開館から約30年。 ここで一旦のピリオド。 これまでのたくさんの展示、行けたのはその内で僅かだったけれど、展示写真との距離感がなぜか近くに感じられ、写真の世界への求心性や没頭感のなかにいつも何らか影響されて帰路についていた。 K*MoPAがなくなってしまうとこの地を訪れる機会は激減してしまいそうだけど、ちょっと見慣れたレストランや公園や牧場施設などは、風景が大きく変わる前にまた自身の足跡をたどるように訪れてみたいとは思いつつ。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-12
晴れゆく感じ
昨日の寒さから一転、今日はずいぶんと暑くなった。 朝に雲が割れ始め、丸一日、頂上にわずか雲がかかる富士山が裾野までよく見えた。 残念ながらその富士山を撮る時間は無く朝の「日の出」少し前の寸景に。 夕方には軽く夕焼け。 一昨日からの出張も終わってちょっと安堵。
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Apple iPhone SE3
2025-10-11
バッティング・センター
意外と仕事が早く終わり、しばし温泉に浸かって夕食の買い出しに。 そう言えばと、ホテルに向かうシャトル・バスから見えたバッティング・センターが気になって探してみた。 国道沿いを少し歩いたところにサインが光るのを見つけて何枚か。 時々この国道はクルマで通り、道路の反対側に用事のあることが多いためか、こちら側は殆ど見ていなかった。 なので今回は同じ通りがだいぶ新鮮に映った。
歩いてみると、もしかしてこの辺り、ずっと前に清里からの帰りに強い頭痛に見舞われて具合もどんどん悪くなり、チェーンの中華料理店で薬膳粥を食べたところではないか? という気がしてきた。 何か用事があって甲府市街を抜けて、おそらく勝沼から高速道路に乗るまでの間のこと。 目があまり良くないせいか、運転していて頭痛になることがよくあった。 最近は目があきらめてかムリをしなくなったのか、「よく見る」意識よりは緩慢に機能しているのか以前ほどは頭痛にはなっていない。
明日また朝が早いので早々に眠りにつくとして、この昼間のドタバタの余韻を休息につなげる夕方から夜にかけては短いひととき、柿畑の間を抜けて国道からまた宿へのひと歩きに、新しい風景を目から耳から匂いから取り入れて肩から力が抜けてゆく。
歩いてみると、もしかしてこの辺り、ずっと前に清里からの帰りに強い頭痛に見舞われて具合もどんどん悪くなり、チェーンの中華料理店で薬膳粥を食べたところではないか? という気がしてきた。 何か用事があって甲府市街を抜けて、おそらく勝沼から高速道路に乗るまでの間のこと。 目があまり良くないせいか、運転していて頭痛になることがよくあった。 最近は目があきらめてかムリをしなくなったのか、「よく見る」意識よりは緩慢に機能しているのか以前ほどは頭痛にはなっていない。
明日また朝が早いので早々に眠りにつくとして、この昼間のドタバタの余韻を休息につなげる夕方から夜にかけては短いひととき、柿畑の間を抜けて国道からまた宿へのひと歩きに、新しい風景を目から耳から匂いから取り入れて肩から力が抜けてゆく。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-10
西へ
さて何十年ぶりと思われる中央本線の旅。
スタート地点の標高80mほどに始まり高尾駅で乗り換え、そこから徐々に山々に囲まれる景色となり、相模湖・藤野・四方津・梁川と少しずつ標高が高くなり大月を過ぎた辺りから電車のモーター音がやや苦しそうになる。
大月から4駅目の甲斐大和の間で263mも高くなる。 そこからは甲府盆地を目がけて標高が下がり、目的地の石和温泉では標高271mほどとだいぶ下る。 その先、甲府からはまた登り始め、かつて下車駅(乗り換え駅)だった小淵沢では881m、その先の富士見が中央本線の最高地点で955.2m。 乗り換えた小海線では、利用駅だった甲斐大泉で1,158m、清里で1,275mとかなりの急勾配。 列車はディーゼルで急勾配になるとエンジンの振動が大きくなり、体感的なものの他に耳元でわさわさ空気が重ね合わさり波打つように重低音の響く妙な感覚も加わる。 小海線といえば野辺山駅のようで、ここが標高1345.67mと日本の鉄道駅で最高地点。
これらの道のりで色々な景色があるのだけど、大月から先のローカル感や、勝沼あたりのブドウ畑が広がる辺りから盆地を見下ろす遠望感、小淵沢からの「旅」感の増加、甲斐小泉を過ぎての森林感が印象的。 今回はその約半分の道のりだったけれど懐かしい景色多数。 もうちょっと乗っていたかったけれど。
参照: 「TOKOの登山のきろく。」
大月から4駅目の甲斐大和の間で263mも高くなる。 そこからは甲府盆地を目がけて標高が下がり、目的地の石和温泉では標高271mほどとだいぶ下る。 その先、甲府からはまた登り始め、かつて下車駅(乗り換え駅)だった小淵沢では881m、その先の富士見が中央本線の最高地点で955.2m。 乗り換えた小海線では、利用駅だった甲斐大泉で1,158m、清里で1,275mとかなりの急勾配。 列車はディーゼルで急勾配になるとエンジンの振動が大きくなり、体感的なものの他に耳元でわさわさ空気が重ね合わさり波打つように重低音の響く妙な感覚も加わる。 小海線といえば野辺山駅のようで、ここが標高1345.67mと日本の鉄道駅で最高地点。
これらの道のりで色々な景色があるのだけど、大月から先のローカル感や、勝沼あたりのブドウ畑が広がる辺りから盆地を見下ろす遠望感、小淵沢からの「旅」感の増加、甲斐小泉を過ぎての森林感が印象的。 今回はその約半分の道のりだったけれど懐かしい景色多数。 もうちょっと乗っていたかったけれど。
参照: 「TOKOの登山のきろく。」
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-09
明日、西へ
先日、往復300-350kmほどの西方へのクルマ旅をし、明日からは200kmほど西方への電車旅。 どうも体調がいまひとつ優れないので特急に乗ってしまおうかと思ったが、各駅停車でトコトコ進むのも悪くないかと各停乗継ぎで行くことにした。 体調的には何とかなるだろう。 というか何とかしながら過ごそうかと、カバンに薬を詰め込んだところ。 昨日が「寒露」だったか、今朝は上着を羽織ってでかけ、帰りも羽織り、空気の冷たはそれで丁度よい感じに。 ここ1週間ほどはキンモクセイの香りがどこからか漂ってくる。 この花が散る頃は秋の長雨といった天気が続くイメージ。 今は大きな台風が2つ来ていて南の海から昇ってきて日本列島の手前でカクンと太平洋を東へ進む予想進路。 その通りになってくれるよう祈りつつ。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-08
夕刻
気付いたのが少し遅かった。 紅色がなくなって行く最後くらいの数分間といったあたり。 窓ガラス越しの撮影で、何度か窓の汚れにピントが持ってゆかれつつ稜線に合焦。 このカメラでは殆どマニュアル・フォーカスの単焦点レンズを使ってきていて、ここ2週間ほどか使っているオート・フォーカスにようやく慣れてきた感じ。 オート・フォーカスって機能が一般化して40年近く経っているしもちろんAF機は使ってきてはいるけれど、あまりサクッと合焦する機材に出会えていない気がする。 出会えていないと言うより使いこなせていないという自覚はあるので、要練習かな。 先達ての夜の美術館でのライブ・イベントの撮影では思ったよりフォーカスもブレもよく収まっていた感があったし、機材との一体感みたいな感触も案外大事なのかも。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-07
ひっそり
ランチとディナー営業の間の時間。 開いてないのかぁと思いつつ、フロアの照明の落とされた小さなレストランを覗き込むと、ちょうど雲が少しだけ割れてやんわりと窓からの光が入ってきて、ひっそりとした雰囲気のなかテーブルとイスが浮かび上がってきた。 米軍基地が目の前にあり、日本人客に混じり米兵の姿をたまに見る。 1995年頃から時折撮りにきている自分にとっては馴染みの場所ではあるのだけど、実はお店に入ったことは過去1度だけ。 その1度、店内の雰囲気は落ち着いていて心地よく、店内の写真を撮らせていただいたのだけど、まだ早い時間でお客さんが少なかったこともあると思うがけっこう撮りやすいよう配慮してくれた。 またランチにでもと思い機を狙っているのだけどなぜかいつもタイミングが。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-06
シネマ通り
1ヵ月ぶりくらいだろうか、かつての米軍基地のメイン・ゲートにほど近く、映画館があった「シネマ通り」へ。 新たに集合住宅が2棟建設中だった。 シネマがあった場所にも集合住宅が建つ予定で、その通り沿いに立てられていた、映画館を中心とした隆盛を讃える銅板に刻んだ記念碑は、地域住民の強い要望によって集合住宅の一角に引き続き立てられるのだそう。 ステンレスの支柱の「CINEMA STREET」のサインはここ数年で2本減って現存は2本となった。 支柱はもう少し光ってくれたら程よく目立ちそう。 晴れた日にあらためてまた来てみようか。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-05
そろそろ彼岸花も
遅めに咲き始めた公園脇の彼岸花もそろそろ咲き終わり。 赤花は1本以外はすべてしおれ、白が満開。 蜜を求めてかアリとハチが忙しそうにしていた。 気温27.2℃、少し蒸す。 昨日の雨の影響か、今朝は軽く霧がかかったように霞んでいた。
この公園の白花彼岸花も、1株だけだったか花弁に赤色が混じっていた。 先達て泊まった宿でその話になり、「先祖返りだろうか?」という結論になった。 その宿の庭には、白・ピンクのシュウメイギク、深い紅のダリア、コスモス、白と薄紫のホトトギス、ミズヒキソウ、その他にも名を知らない草花が咲いていて、曖昧な季節の昨今にあってあらためて季節を感じられる空間だった。
あと3日もすると「寒露」、半月ほどの後には「霜降」を迎え、紅葉の気配のないこの「秋」の出番は来るのだろうかと思い。
この公園の彼岸花を以前Carl Zeiss C-Biogon 2.8/35mmで撮ったことがある。 その時はさほど特別感はなかったが、いまに思えばその階調とキレは秀逸だったと思う。 今日のレンズは所謂「高倍率ズーム」であり、階調の具合を見てみようかと(ほぼ)白黒に変換。 そもそも単焦点レンズと比べるのはどうかとは思いつつではあるが、若干単調に感じられた。 単調というよりは「滑らかさ」と言った方が合っていそうなこの感じは良きシグマの特徴のようにも感じられ、カラーだと十分に色の情報を持っているのではないかと思う。 何より20mmという超広角域スタートの利便性と200mmまで伸びる画角の豊富な選択肢があり、画質・操作感ともに「高倍率」であることを殆ど感じない安定感と安心感が良い感じ。 ライカとの協業強化でさらに腕に磨きがかかったか。 そして重量バランスが良いのか中望遠&低速シャッターでも案外ブレずに撮れる。 使っているうちに色々と欠点も見えてくるのかもしれないが、とりあえず今の段階では、時折見られる望遠側のフリンジ・広角側の歪曲補正の中途半端さがちょっとだけ気になるかな。
この公園の白花彼岸花も、1株だけだったか花弁に赤色が混じっていた。 先達て泊まった宿でその話になり、「先祖返りだろうか?」という結論になった。 その宿の庭には、白・ピンクのシュウメイギク、深い紅のダリア、コスモス、白と薄紫のホトトギス、ミズヒキソウ、その他にも名を知らない草花が咲いていて、曖昧な季節の昨今にあってあらためて季節を感じられる空間だった。
あと3日もすると「寒露」、半月ほどの後には「霜降」を迎え、紅葉の気配のないこの「秋」の出番は来るのだろうかと思い。
この公園の彼岸花を以前Carl Zeiss C-Biogon 2.8/35mmで撮ったことがある。 その時はさほど特別感はなかったが、いまに思えばその階調とキレは秀逸だったと思う。 今日のレンズは所謂「高倍率ズーム」であり、階調の具合を見てみようかと(ほぼ)白黒に変換。 そもそも単焦点レンズと比べるのはどうかとは思いつつではあるが、若干単調に感じられた。 単調というよりは「滑らかさ」と言った方が合っていそうなこの感じは良きシグマの特徴のようにも感じられ、カラーだと十分に色の情報を持っているのではないかと思う。 何より20mmという超広角域スタートの利便性と200mmまで伸びる画角の豊富な選択肢があり、画質・操作感ともに「高倍率」であることを殆ど感じない安定感と安心感が良い感じ。 ライカとの協業強化でさらに腕に磨きがかかったか。 そして重量バランスが良いのか中望遠&低速シャッターでも案外ブレずに撮れる。 使っているうちに色々と欠点も見えてくるのかもしれないが、とりあえず今の段階では、時折見られる望遠側のフリンジ・広角側の歪曲補正の中途半端さがちょっとだけ気になるかな。
Labels:
Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
2025-10-04
遠雷の夜
遠く静かに雷鳴が轟く。 粒の大きな霧雨といった感じの雨がサーっと降り、また季節が一段階進みそうな予感。 昨日、八ヶ岳の山麓で過ごしていたのが遥か昔の記憶のように感じられる今日はごく普通の日常。
いつか試そうと思っているISO 128,000での撮影。 a7S I型を使っていたときは何度かそうしたテスト撮影を行った記憶があるが、II型では試したことがなく、先達て雲を撮る写真家の方が高感度撮影を考えていると言っていたのが記憶にあって機をみているところ。 今日は6,400にて。
いつか試そうと思っているISO 128,000での撮影。 a7S I型を使っていたときは何度かそうしたテスト撮影を行った記憶があるが、II型では試したことがなく、先達て雲を撮る写真家の方が高感度撮影を考えていると言っていたのが記憶にあって機をみているところ。 今日は6,400にて。
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Sigma 20-200mm F3.5-6.3 DG C,
Sony A7SII
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