山並みのためか、緯度から導かれただろう理論値よりも10分ほど早く太陽が見えなくなった。 日の入は18:12で、9月6日には18:02、夏至からは既に1時間も早くなっている。 ライカ M8を使っていた頃は実質ISO 160でしか撮れなかったので、夕刻の帰り道に頑張って手持ちで街やらを撮れる限界が9月14日頃だった。 頑張ってというのは、しっかりカメラをホールドして何度もシャッターを切り稀にブレていないコマを導き出す行程のこと。 画角は25mmくらいを多用し、M8が壊れる前年だったかには、秋の「ツルベ落とし」の夕暮れにはやっぱり明るいレンズが必要と思ってF1.4の35mmレンズを購入したのだけど、程なくしてM8は壊れてしまった。
   ミラーレス・カメラが主役になってから、特にSL2-Sは手振れ補正が強力で、シャッター速度 1秒くらいまでは手持ちで撮れる。 「これ撮りたい」「これ撮ってみよう」という気になる機会が増えたのは面白いところ。 この夕方の時間帯は、高感度なソニー a7SIIよりもSL2-Sの方が使い勝手が良いように思う。
   暗い場所での使い勝手では不利だったM8だけど、意外と色味はよくて好感の持てる画は多かった。 最近読んだSNSの投稿に、「よくC-MOSよりもCCDの方が色が良いと見聞きするが、C-MOSもCCDも基本、発色は同じ」とあった。 で、「そうなのか」と、CCDの色が好きだと思っていたので無知さに少し恥ずかしさを思った。 その後あれこれ考えあぐねるうちに、たしかに光の量を電気信号にして記録するだけなので理論値は変わらないのだろうけど、感光する光の量と電気信号の出力のされ方には差があるように思えてきた。 というのも、以前にCCD機での撮影でアンダーの部分の色がグレーっぽく抜けてしまう現象を経験していて、対してたっぷりの光量では割と鮮やかな発色になったため。 信号処理のアルゴリズム以前の単なる電気信号の段階に両者ではやはり違いがあるように思える。 それぞれの進化の途中では、アンダーに強くなって行ったり画素数が上がって行ったり、他にも多様な要素が加わったりと一概に比較はできないとは思いつつ。 やはり材質の違いによる差異はあるンじゃないだろうか。 画質の「良い・悪い」論はさておき、電気特性の差異は画像の雰囲気の違いには、たとえ僅かであっても影響するように思えてきている。 同じC-MOS機でも、更には同じ型番のC-MOSセンサーを用いていても、メーカーや機種によって色味が違って見えるのだからあながち大外しでもない気はする。 CCDかC-MOSかの話は、詰まるところリバーサル・フィルムの発色の懐の深さが記憶にあって、その信頼感や感激やノスタルジーから知らず知らず比較してしまうが故の論議のようにも感じる。
   SNSの「Threads」に面白い書き込みがあった - 曰く「『CCD世代の頃の発色が ---』ならまだわかるけど」と。 なるほど「あの頃の色味」と言われるとなるほどと思う。 色味の処理は割と各メーカーで似通っていたかも。 それはKodachrome 64で撮ったようなシャドウとシャープネスで、C-MOS機だったキヤノン 20Dも時にそうした雰囲気の絵柄だったように思う。 それらがセンサーの電気的な都合なのかセンサー部分のファームウェアのメーカー都合なのか、その辺りは「その界隈」の人でないとわかり得ない事だとも思い。 諸々に念いを巡らせると、近年のカメラはフィルムの発色が基準っぽかった呪縛を離れて案外自由なのかも。 (2025-09-06、2025-09-20追記)
