朝は冬のような寒さだと感じたが、天気予報では「平年並み」らしい。 もうすぐ3月なわけで、古い記憶を引っ張り出すと、なるほど「3月上旬の寒さ」で何となくながら納得。
「3月」「寒さ」で思い出すのは、約40年前。 当時はアマチュア無線に興味があり、免許の取得に先行して無線機を購入した。 「ハンディー機」と言われる、所謂「トランシーバー」の形をした小型機。 小さいがそこそこの強さの電波を出すことが出来、実際に長距離間の通信の経験は無いのだけど、山に登って長めのアンテナを付けるなど条件を揃えれば関東と九州とで通信できるらしい。 出力の大きな無線機とそこそこ大きなアンテナ、長さ・横幅が各3mほどでテレビ・アンテナと同じく魚の骨状に横に伸びるアルミの棒が4本ほどあるようなものを使えば日本とアメリカとでも通信ができる。 現在は携帯電話で近所も遠距離もごく当たり前に通信できるし通話も安定している。 そして徐々に、わざわざ不安定な通信手段で好条件を探して通話するようなアマチュア無線は当たり前のように衰退してしまった。 でも当時はそれが面白くて、寒風の吹き付けるなか家の2階の窓から半身を出して、手がかじかみながら毎日のように小さな無線機を握り続けた。 それは寒かった。
そうした3月、まだまだ未舗装の小道も多かった頃、朝に陽の光で水分となった霜柱は地表の土を粘らせ、固いぬかるみのタイヤ痕や足跡が銀色の陽光を反射して模様を成す。 水分と銀色の反射光。 なんか春の感じがする。