2017-05-31

電池


   充電池を使いだしたのは、乾電池の費用の減と、充電の面白さの2つの理由があった。 "充電電池"が一般的に世に出てきたのは、おそらく1980年頃。 1986年頃に町の電器屋さんで、Ni-Cd(ニッカド)電池の単3形 4本と充電器のセットの購入が、初めての充電電池だった。 主な使い道はWALKMANの電源で、当時、自転車での高校の行き帰りには必需品だった。
   1980年頃には、伯父が自宅の軒下に太陽電池を置き、その電線を室内に引き込み、電流計を挟んで時折様子を見ながらNi-Cd電池を充電して使っていたのを目にしていた。 当時、充電電池を買う場所と言えば、サンヨーのカドニカを電器屋さんやホームセンターで買うほか、秋葉原の秋月電子通商で求めるという選択肢があった。 秋月のものは、特にデザインされたパッケージではなく黄色いビニール(PET?)が全体に巻かれたものだった。 当時は充電電池といえばこの黄色い電池がまず思い浮かんだ。 太陽電池も秋月電子で手に入れることができ、どちらもかなりワクワク感のあるアイテムだった。 充電器作りも楽しく、雑誌にも時々回路図が載っていて、充電電流を変えてみたり、満充電で自動停止するものなどと、ずいぶん自作した。
   その後、黄色いパッケージだけでなくYUASAのNi-Cd電池が置かれるようになり、オレンジや赤っぽいビニール(PET?)にメーカー名や仕様を印刷したような簡素なデザインだったが、それでも時代が1つ変化したような印象があった。 電池の容量も、カドニカが世に出てきた350〜450mAh程度から、何となく500mAhが標準とされる時期があり、その頃から急速充電ができるタイプが出、550、600、700、750mAh... と急速な進化があった。 2000年ちょっと前には1,600mAh、2000年頃には2,000mAh、2004年には2,700mAhがあったように記憶している。 1990年代にはYUASAのほかGS SAFT製も多く見かけた。 進化の背景には、2000年頃に普及しはじめた「デジカメ」の影響もあったように思う。 販売メーカーも、サンヨー電機はじめ、ナショナル(現Panasonic)、東芝、富士通、富士フィルム、ソニーと広く扱われていた。 ちなみに1990年、アメリカではGeneral Erectronics製がドラッグストアの電器製品売り場に吊り下げられていた。

   サンヨーのNi-Cd電池の商品名は「サンヨー カドニカ」。 カドニカ自体は、1963年(昭和38年)の発表というからその歴史は長い。 サンヨーのNi-HM電池といえば「Eneloop」。 自然放電が極めて少なく画期的な製品だった。 そのサンヨーはパナソニックに買い取られ、今のEneloopには、「Eneloop」ではなく「Panasonic」と印刷されたパッケージが巻かれている。
   「電池の写真を撮ろう」と思ったのは、Eneloopの時代に終焉を感じてのことだった。 近年のEneloopはどうも寿命が短い。 特に黒いパッケージの「Eneloop Pro」は、購入から1年足らずで容量抜けを起こしてしまい気になるところ。 継ぎ足し充電では著しい性能低下を感じたことも。 既に中身は本家「サンヨー」の技術ではないのかも。 その他の、充電機能のあるパナソニック製品も注意して見ていると、どうも充電池の容量低下が多め・早めに起きている様子。
   サンヨー「Eneloop」は安心して購入できる製品だったが、最近はどうも心配。 また秋葉原でGS製を買ってみようか、秋月で置いている中華電池に手を出してみようか、さて、次の「定番」はどれだろう。