2015-09-30

秋っぽい空気感


   小川に射し込む太陽光は程よくスッキリとコントラストを成していた。 ようやく初秋の乾いた空気がやってきた。 そうすると次に想像するのは、秋雨前線だのとまた湿気を帯び、ぐっと冷たい空気になり紅葉も深まる空気感。 そしてこれまた秋の楽しみ。
   アメリカ西海岸の晩秋の夜霧、黄色い紅葉につく早朝の霧氷と、異国の秋の風景を思い出しながら、これからやってくる今年の「秋」を思う。

2015-09-29

コンクリート塀、ブロック塀


   以前から気にはなていたのだけど、ブロック塀やコンクリート塀がこの頃やたらと目に入る。 かつて家の塀と言えばブロック塀が多く、穴開きのブロックはデザインが少しづつ違っていたりもする。 かつて基地だった土地を隔てていたのもコンクリート塀で、さすがに崩れて風雨に打たれて角がとれてしまったものがあったりする。
   そう言えば、アメリカで過ごした寮の部屋の壁は、普通にペンキが塗られたブロックが見えていた。
   なんだろう、このブロック塀やコンクリート塀への反応。

2015-09-28

道路側(はた)


   どうやってハングしてるんだろう? ここはよく通るのだけど、いままで気づかなかったなぁ。

   今日はスーパー・ムーンなんだそうだ。 月が最小の大きさで見えている時の? 1.6倍の直径に見えるとか。 曇り気味ではあったが、facebookには多くの大きな月の写真が寄せられていた。
   次回は来年、2016年の11月だとか。

   日の入りは17:30。 今日は太陽も、定時上がりでお月見かも。

2015-09-27

また曇り


   午後には晴れてきたけれど、朝は西の空が不気味に青黒い曇り空。

2015-09-26

夕刻の晴れ間


   曇り空は夕方になって晴れ間を見せた。
   例年ならば今頃は、遠くの物音が乾いた空気を伝ってわりとハッキリ聞こえてくるのだが、どこか歯切れが悪いように感じる。 光線具合もいまいちパキッとしない。 この雲も、高いウロコ雲でもなく、ひつじ雲でもない感じで、低くぽっぽと続く。色々思いつつも「それはそれ」 - 風景にそのまんま身を任せてみることに。

2015-09-25

雨ふり


   20年くらい前、1998年頃までだったか、このあたりには「緑川」という川があったと思った。 今でも橋が所々に残っていて、もしかしたら暗渠になっているのか、いや源流が見当たらないので無くしてしまったのか。 ほんのちょっと上流は公園の脇を流れ、その脇の小道は、秋にコスモスが咲き人々が散歩を楽しむような風景があった。

   天気が上向くのだろうか、ちょっと体が軽い。
   目が疲れていると、どうも体が重い。
   今日の午前はなぜか躁(そう)状態。 大抵こうした後はガクッと具合が悪くなる。 眼精疲労からの自律神経の弱りかなとは思うけれど、他人目には普通に「躁鬱」に見えてしまう一面かと。 とりあえず、「こうした後」への体力温存のためにも、抑えて抑えて。

2015-09-24

下り坂な天気


   夜は雨になった。
   夏バテが出てきたのか、頭痛・眼痛・肩痛・首痛とですこぶる具合が悪い。
   そういえば昨年もちょうど今頃は具合が悪く、出かけた旅先で多くの時間をボーっと過ごし、最後に立ち寄った土地では夜から気持ち悪くなり、夜中まで首を揉んでいた記憶が蘇ってきた。 その日はマッサージが良かったのか、スッと痛みが引き、それをチャンスと睡眠導入剤を飲んで眠りについた。 眠りにといってもなぜか薬の効きは鈍く、寝付くまでには小1時間ほどかかった。
   果たして翌日は、すこぶる体調が良くなり、1日中歩き回った。

2015-09-23

今年も土手に


   彼岸花と、濃くて抜けの良い青空という組み合わせがきれいだなぁと思うのだけど、やっぱり今年は空気がたっぷり湿気を含んでいるように見える。 今年の、低めの夏の気温にメゲずにしっかり花をつけた彼岸花、強いのだなぁと思う。

2015-09-22

秋・冬の日差し


   秋を迎えると、部屋に射し込む夕陽が様々な模様を描き出す。 ブラインドの影や木の葉の影は殺風景な什器に表情を与えるようにも見える。

2015-09-21

無機質な空気


   涼しくはなってきているけれど、今年はいつまでも湿気がが引いて行かない。
   コウモリが飛びまくり、半月が光り出す午後6時頃。 空気自体は静かに時間をやり過ごし、どこ吹く風といった無機感を思う。